2004年4月5日夕刊 京都新聞『現代のことば』 中国奥地の暮らしから 桑原仙溪 中国奥地の山峡に住む少数民族の村の生活ドキュメント番組を見ていると、そこに暮らす人々は、私たちよりずっと幸福そうに見える。 村は二、三百人ほどの人口だろう。山地の棚田を大昔から耕し続け、その日々の仕事にいそしんでいる。 そんな番組を見るたびに若いころよく読んでいた「老子」の一節を思い出す。 第八十章の「小国寡民」という件りである。国は小さい方がよい、そして人口は少なくして足を知る生活をする、というのがその大意である。隣国との往来を求めず、他国の暮らしを羨むこともない小さな生活共同体を理想に描いた。 老子は紀元前五世紀ごろの人という説もあるが、そのころから中国は戦国時代に入る。そして戦乱の中でさまざまな思想家(諸子百家)が輩出した時期で、後世の中国思想と骨格がかたちづくられた。 中国奥地の少数民族の中には、何百年もその地に暮らし続けてきた人々がいるらしいが、その表情も信条も羨ましいほど幸せそうに見える。 そう感じながら見ているが、いくら羨ましがっても、現代の都会に住む私が今更彼らのような暮らしができるわけがない。それが人間本来の暮らし方だとわかっても、衣食住だけではなく、娯楽も含めてそんな単調な生活には耐えられなくなってしまっている。 彼らは発展途上にある民族とされているが、幸福さの度合いは先進国よりずっと上位なのかもしれない。人生を手に入れている。 三世代が同居し、子や孫達も一緒になって厳しい山の傾斜地の棚田で稲を育て、鶏や豚も少々飼っているようである。重労働を昔から使い続けている農具でこなし、相変わらぬ食卓を囲む家族の表情は明るく和やかである。その上近隣との軋轢もあまりおこらないような小さな村である。 娯楽は年に一度か二度のお祭りぐらいのものでしかないが、そんな生活でも、子や孫達は自分たちも一生この見晴らしのいい村で同じ暮らしを続けて行きたいと取材にこたえている。 子や孫達にそう感じさせることのできる生活。それは「人生そのもの」に成功していると言えるのではないだろうか。 私たちのような見晴らすこともでない経済・情報杜会に住んでいると「人生そのもの」に成功するのはあきらめたくなるほど難しい。この社会で事業(学間・芸術を合めて)に成功する人はある。だが人生そのものにも成功する人は少ない。 仕事にはまり過ぎて、そこに溺れこんでしまったのでは人生は成功しないし、仕事がいい加減だと暮らして行けない。 見晴らしのいい棚田で自然に順応して暮らす人々にも何年かに一度は天災も降りかかるだろう。それでも村は何百年も成り立っている。私たちは見通しの悪い現代社会に住んでいるが、京都にはまだ、代々受け継いでいける事が生きている。家業として誠実に仕事を続け、代々少しずつ磨きをかけていく。子や孫達も納得してうけ継ぐ家業でありたい。 京都新聞4月5日夕刊より転載 |