8月号
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R竹の二重切筒(にじゅうぎりづつ)は、生花の花器として古い形式のものである。一重切、ニ重切、三重切など古い時代の伝統花器として、一般によく知られているものであるが、単調な形の竹に切り方を工夫して、花器としての意匠と花を活ける上での便利さを考えた。古い時代のいけばなの知恵には全く感心させられる。江戸時代から今日に至るまで使い慣らされた竹の花器も一部のものをのぞいては、あまりにも一般的になりすぎ、形式化されてしまったので、それは古き時代の花器として、お蔵入りをせざるを得なくなった次第゜さて、この古い花器も、使い方によっては、活け方によっては、古典生花のよさをあらわすことも出来るだろうし、現代感覚からしても破調の面白さを見出すことが出来るに違いない、と考えて写真のような「二重生の生花」を作ってみた。二遁切筒の生花にはいろいろな活け方である。総括していえることは、大小の花形を取り合せ、そのバランスのよい花形を取り合せることで、これは古い日本的な常套的な形のとり方であるが、この伝統の花器にはびったりする形といえる。花材は「カライトソウ、白キキョウ」の二種であって、右の下段から大きく立ち登ったカライトソウと、上段の白キキョウの小品を組み合せて、左勝手、右勝手の花形が向い合せるように配合されている。古い花形の中に自然趣味と盛花風な明るさを出そうと考えた作品である。生花を活ける人は、とかく生花の技法や約束にとらわれて、その形式の中に入りこんでしまって「今日のいけばな」ということを忘れる人が多い。古典は常に新しく、現代に生きる古典でなくては今日に生きられるものでないことを、常に考えねばならない。二重切筒の花カライトソウキキョウどのいけばなでも技巧の美しさが必要であることはいうまでもない。ことに生花の場合、はっきりとした優れた技術があってこそ、作者の心をのべることも出来るし、作品として完全なものを作り上げることも出来る。思うままの形を作り得ることも、花のもつ美しさを形の中に見せることも、花の品格さえもが作者の技術から生れるものである。6 @ 趣生喜花か

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