5月号
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華道京展出品の生花4作ら1キロほど歩いて常盤木というと江若線の比良駅をすぎるころからぱらばらと風をまじえた雨が降りだしてきた。朝からどんよりとした公りだったが、これでは終日雨らしい陪い天候である。野生の花をしらべようと仕車の余暇に、私ひとり息いつくままに京都府下や近県の山や野原、川辺などを歩いて、思いがけない珍らしい花や木をみつけては、私なりの勉強をしているのだが、季節のよいころには吉野山系や、長野県の高原地帯、中国地方の奥地など歩いてみたが、私のしらべるのは植物学なそんな系統だったのではなく、私の仕事のいけばなの材料の研究という、打算的なところから出発しているのであって、平凡で通俗的でこの点、残念とは思うけれど、いけばなのためにはよい勉強になる。安公(あど)駅でおりて、もう本調子となった雨の中を湖岸の方へ向って歩いて行くと、まっ白い雨脚(あめあし)が道のおもてをたた<ある。厚味のある作品。会場の花はこの程ように音をたてて、みるみるうちに水溜りをつくって行く。今日は駅か随想かきつばた専渓ころまで行く予定である。その附近の田畑の間を流れている細い野川に野生のかきつばたがあり、ちょうど季節もこのごろが見ごろだろうと思われるのである。今年はどうしたわけか春から気候がおくれて、晩朴の今日というのに冷えびえとして、ことに雨天の今日は一層寒むざむとして、横なぎの風が迫にそうた竹むらを大きくゆれ動かしている。青嵐というのはこんな気色をいうのであろう。昨年の及、安公川の河口にある三約洲に溝萩(みぞはぎ)の群生しているのをみつけだしたが、姫洲(ひめがま)や芦の葉の間に、見わたす限りの赤紫の花をながめながら、泥と砂の中に咲くみぞはぎの名を、全くその通りだと感心したものだった。常盤木の村へ入る前の小道を右に折れて、家と家との軒端をつき抜けてゆくと、すぐ街道の裏側に出てそこは一面のたんぽである。緑の麦畑の中を二尺ばかりのあぜ迅が遠くま立つづいて、その末は小高い森が雨の中にかすんでいる。傘のまん中から淵れてくる雨水を気にしながら、柔らかい泥の道をしばらく歩いて行くと、あぜ迅が二つに分れて、道にそうて流れている小川が勢いのよい急流をつくって流れている。今日の私の目的地がここなのであ@ さつきさつきの古雅な枝にil1iL杢咲の錦光花(きんこうか)をあしらって,色の調子を考えて度にたっぷりとした憾じに入れないと引きたたない。竹中度敏作生花としてはたっぷりとした大作である。八霊桜一種,古銅花瓶に入っている。留を長く作って派手な感じの花形。しきもので色の配合を考えている。R さとざくら桑原専渓作10

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