12月号
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R「べにさんご」という楓の一種。深い紅色の直立した形のものを立てその前方後方に椿を添える。白に淡紅のぼかしのある花。花器は藍絵の古伊万里の大鉢である。右方に椿をさし出し左方の花器の内部を少しのぞかせる調子。落苦きのある初冬の盛花である。べにさんごは色も美しく寒菊の類をとりあわせても調和よく、これによく似た山のかんぼく「やま百日紅」も同じ感じに取合せをする。落葉の木ぶりが初冬の感じを出している。Rかりんの実―つ冬木に残っている梢緒、まんさくの紅葉の残り葉を添えて残秋の感じの深い花である。実―つであるところがよい、二つとなると晩秋のあわれをうしなう。まんさくの落ちがたの紅葉、まばらな枝の枯れがれとした形、落莫の詩趣がある。幾かな白菊の大輪咲きを添えて、しっかりとした瓶花の形をととのえる。菊の白と緑の築、かりんの実の渋い黄色、まんさくの紅葉。残秋初冬の条件を組み合せた瓶花といえる。c残りの白花のりんどう。変が渋い色に紅葉している。単弁の小菊は浪い赤色の花弁。草花二種を白地の水盤に活ける。草花二種という盛花もしずかな感じがあっていいものである。この種類の材料は大体同じ形の索材なので活けるとき技巧的に、花の配列高低を考えること、空間(すきま)によって花形を作ること、株もとの業の旅迎と花菓の出入りによって形を作ること、いけばな的な技巧の要る盛花である。自然趣味の配合が好ましい。R 人にはいろいろ好みがあるものである。いけばなの場合でも簡単な花がよい、という人、複雑な方が卵味が深い、という人もある。この二つの場合を考えてみるとそれぞれ自分の息うことを率直に「簡単」「複雑」という、それこそ簡指な言葉でわけているのだが、簡単とはこみ入っていないこと、手眸なことであり、複雑とはこみいっていること、いりくんでいることであり、そこに「いけばな」という、少なくとも美術的な作品の性格を考える、そんな言葉ではない。簡単という意味は「清楚淡泊」という言葉をさしているのだろうし、これは清らかにさっぱりしたいけばな、の意味に迫いない。また「複雑」というのは、重々しくしっかりしていること、落将きのある作品で、これは「重厚」というのが正しい、と息う。清楚な慇覚を作り出すことは決して簡単なことではない。例えば一本の菊を細口の花瓶に入れたとする。活けるということは至極簡単だが、一輪の花で見る人の心を引きつける様な作品は、これこそ永年の練磨のすえに心をこめて入れるり、これは簡単とはいえない深い慇動の花である。また「複雑」とはただこみ入っている技術をいうのではなく、しっかりとした技術の上に重々しくどっしりとした構成と、重厚な感じのある作品、いわゆる格調の高い重厚な作品、これを表而だけにみる訊った見方である。いけばなには清楚な花も望ましく、屯厚な作品も望ましい。一輪の花であ2

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