11月号
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てもとうちで持花日間の体続BW之、〆牟道桑原告守慶流家元嘗暴軒教場博愛子しさ絵わとんがじが五丁十寧枚にぐ和ら綴いのた一ま冊るにとし、て内、弟先代専渓の生花教場での絵十月号では、昭和十年頃の木版画の菊の絵を掲載したが、今月は同じ頃、お弟子さんがいけた葉蘭をその場で写生した先代専渓の絵である。その頃先代は稽古が終ったらすぐ絵にして御弟子さんに渡していた。扉にその人に合った題名を入れ、後付に氏名と日付を書き、署名して押印している。その頃のお弟子さんが、昔こんな本を作っていただきました。何かお役に立てばと云って私に下さった数冊が手許にある。昭和十年前後というと、第二次世界大戦のはじまる数年前で昭和初期のグッド・オールド・タイムの絶頂期だった。稽古日には先代は袴をつけ、提げ手のついた箱に硯と絵具を入れ、手に用紙を持って絵を描いていたそうだが数百枚と残っている絵はどれを見ても達者なものである。それと考えられることは、これだけ絵を描けば自分の花型もピシッときまって行くのではないかと思う。そして晩年「桑原専渓の立花」と「専渓生花百事」に自分の立花図と生花園をそえているが、花道家が自分の花を自分で描いた絵としては最高の一つではないだろうかと思う。この九葉の葉蘭生花図は私の好きな先代の絵の一つである。mfA内らノ乙毒需lt 6 Jb 現Eそ:・1花'1 4々

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