10月号
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心によっていつでも作り出すことの出来る性質のものであります。美しいものを正しく理解して、更に、それを自分のものとして作り上げることがいけばなの技術であります。またいいかえれば、いけばなを作りつつ美しいものへ進行して行くとも言えましよう。作る技術、あらわす技術、これは作品を作ることでありますから、それにはその方法や、技法を学ばねばなりません。いけばなは、知識と技術との合体調和することでありまして、これは絵画、彫刻、工芸の造形芸術と同じことであり、また音楽、舞踊などの舞台芸術の考え方と同じであるといつても誤りはありません。よい作品を作るには、それの正しい知識と、技法の鍛練が最も大切であります。ことにいけばなの場合は、材料が自然の花でありますから、すでに植物自体がもつている材料の美しさを少しもこわすことなく、更にそれをもつと美しく見せるにはどうすればよいか、ということが課題でありますから、花のうるおいの落ちない様に、花葉をいためない様に、すつきりとした美しさを花瓶におさめるには、深い注意と、それを形づくる技法が難しいわけです。美しさに対して充分の理解を持つている人でも、それをいけばなとしてあらわすことは中々むづかしいと思います。趣味のよい花、上品な花、すつきりとした味わい、これはよくわかつていても、さて花瓶の中に、いけばなとして作ることのできないのが普通であります。これはいけばなを作る技術であります。技術が上達するためには、どうしても繰返し繰返し研究を重ねることが大切で、速急に仕上るものではありません。美しいいけばなを作るためには、それを作り出す技法が必要であることが大切なことです。それは当然わかり切ったことであるが、ここで考えて欲しいのは、はじめにお話しました様に、練習の課程の中で、いつも正しい美しさ、高い程度の美しさを作るということを忘れない様にして欲しいことです。形を作るときには、形を作る技術の中に心がとらわれてしまうものです。形を作る楽しさに、一ばん大切な「美」の心を忘れ勝ちになる場合さえあるものです。上手に作ることがいけばなの全部ではありません。巧みに作り、その中に色彩的の美しさ、花の自然のうるおいの失なわれない様に、新しい感じのあるいけばな、花器との調和、いけばなの中にただよう気品、それらが合体していけばなの美を構成することになります。以上を整理して考えてみますと、形を棉成し、それを作りあげて行く技術② 花材の選択、配合、色調の配合配列、そのもち味を活かすこと⑧ 花器との調和、形の均衡以上の様なすべての条件が結び合わされて、そこに「美」のあるいけばなを作り出すことになります°知識と技術との合体によって作られることになる訳です。皆さんは日常、いけばなを習つておられる訳ですが、古く習つている人も新しく始められた人も、上手下手はとにかくとして、普通の常識から考えて、あなたのいけばなは美しいか、或は「美しいきざし」をもつているものであるかを考えてごらんなさい。技術の上手は練習を重ねれば、必ず得られるものです。しかし、考え方のよくないのはどこまで行ってもなおりにくいものです。真実の美を知ることは中々できません。研究の中の大切なことは、よいものに対する理解、ほんとうの美しさへの理解にあります。(桑原専渓、いけばな講演の一部より)9月1日、すすきの葉も若々しく、尾花も出はじめたところ。トルコキキョウは淡い紫の花。花器は白色の陶器で二つの口がある。すすきとトルコキキョウを二つに分けて挿し、二つの花材が結びあうような気持で形を作った。明る<モダンな感じの秋草の瓶花です。トルコキキヨウの小さい枝花をとり去つて、淡泊な感じに整理する。この入れ方がむづかしく、よく考えることです。B Rくるめけいとうの紅花、黄みどりの葉。やつでの黒い緑の葉を3枚前向きに立てて揃え、その右方と左方にけいとうの花を低くずんぐりと頭を揃えて入れた。普通の盛花とは少し形が迩うが、こんな入れ方も面白い。やつでの葉、ゴムの葉、くま白ばらんの葉、ぎぼうしの葉など、こんな入れ方をすると感じが変つて見えるものである。洋間にも和室にも涸和する盛花である。5 花材やつでくるめけいとう① R...

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