テキスト2011
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仙粛彩歳相変わらず毎夜の読書は長く、面白い本が見つかると明け方まで読んでしまう。それでは明くる日にさしっかえるので此−唄は.時になったら睡眠導入剤をのむようにしている。最近読んだ本で面’円かったのは「中国の科学と文明」。原正はジョセフうケンブリッジ大学の先性である。その一協大(二OO八年に二十四冊円が出版されている)な者作の出版は現在も続いているようである。その著作を要約したのはアメリカの歴史学者のロパlト・テンプルという人である。「中凶の科学と文明」という大持の序文にH山代および小祉の中川の肢はずれた創意工夫力と、日然に対する洞察力Hは私達が暮らす現代社界に大きな思忠を与えていると書いている。実際に近代農業、近代的造船、石油践業、天文学、斤来学、卜進法、紙幣、傘、釣り竿のリlル、一輪式下押車、多段ロケット、銃、本雷、毒ガス、ル椛ト傘、熱気球、布人飛行、ブランデーやウイスキー酒)、将棋、印刷術、蒸気機関の基本構造までことごとく中岡に山米するものだそうである。火薬や羅針盤、更に複数のマストによる帆主技術が小川から人つ・ニlダムとい(悲…留てこなかったらヨーロッパ人の大航海によるアメリカ大陸の発見もなかったし植民地帝国を作れなかった筈だと云う。農業に閲しては、鉄製の惣を午に引かせて農作しはじめたのは中同人で、それよりも半く紀元前六附紀には畝で作物を栽培を始めているが、ヨーロッパでは十八世紀になってようやく普及するようになった小同より二千二百年もおくれていたそうである。興味深かったのは、太陽の黒点の発見と観測である。紀見前回世紀の甘徳と石申と亙戚という人の作った大弘去に記されている。ヨーロッパ人は太陽は神の作り賜うた完全無欠なものであり、そのいい套聞に黒点などできよう竿けがないと思っていたのだ。現代では中学一年生でも太陽の黒点とは何かを知っている。山ぃ一…点は水位や金星が太陽面を通過するときに現れるものだと考えていたのである。太陽の川市…は地球卜の気温にも関係するということを何かの本で読んだことがある。黒点が多い年は傑かに気温があがり改作になるらしい。豊作も附作も皇帝の責任だと思われていた中問。皇帝も天体の状況は必死になって観測させたのだろう。だから実際的な天文学も早くから発達したのではないだろうかと私は思う。a11

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