テキスト2007
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ほおずさ何回『(第三種郵便物認可1985年日月お日)桑原市守慶流いけばなテキスト印号2007年9月l口発行(毎月i四l日発行)桑原市守慶流家元発行夏の思い出棲子仙粛彩歳昨年の夏にフランス・ロワlル地方にあるプlルデジエlル城を訪問させていただいた折に、買い求めた真鍛の水差しに花をいけた。稽古場の水差しにと思っていたのに、持って帰ってしばらくながめてみると、重くて持ち帰るのに苦労したせいか、水差しとして使うよりも、花器として花をいけたくなった。昨年のフランスでも暑い夏を経験したが、今年の日本の夏も厳しい暑きだった。八月にいけた酸柴(鬼灯)の実が熟して殻が赤くなり乾燥したのを集めると、少しずつでも秋に近づく気配がして、ホッとする。ガーベラと榔子の実をとり合わせて、少しにぎやかな様子の水差しとなった。小学校の頃、九月に「尚歯会」という小規模な学芸会の日があった。尚歯とは歯を尚》」・ヲル』ぶという意味だが、その歯はよ年わい令を意味する。年令の令は本来「齢」とい、ユ子である。九月十五日が何故「敬老の日」なのか知らないが、昔からそんな日があったらしい。比頃、その日になると、私の住んでいる学区の小学生や中学生からのプレゼントが届けられる。自分達が図工の時間に作った造花に手紙がそえられ、その上お菓子定価五二五円22℃一\\巧者名・}24〈53moコ一内mu−−noヨまで添えて下さっている。頂いた手紙にはできるだけ返事を書くようにしている。お菓子は中京の子供達なので量は少ないが質は中々良い。中京の爺さん婆さんは何でもよく知っているから子供達もいい加減なことはできないらしい。そんな風に敬老されると、私がそれに値する爺さんなのかどうか、少し気になってくるのである。孫のケンチャンと一緒に暮らすようになって、もうすぐ一年になる。近頃は私の主掛から色々な本をとり出して読んでいる。「わかるの?」と聞くと、「わからない漢字はあるけど、かまわずに読んでゆくと、なんとなく意味がわかる」ということである。それでいいのかもしれない。私自身、父の書棚から興味のある本を探し出して読んでいたが、健一郎の年代は多分そんな読み方をしていたよ、つに回也、っ。そんなケンチャンを見ていると、いいオジイチャマにならなくてはと思うのだが、できれば敬愛されたい。だが良く年をとることは中々難しいことなのである。若い頃、多くの良い老人に接してきた。私も年をとったらあんなに偉くなれるのだろうと思っていたが、そうなるにはそれなりの生き方が必要なのである。此頃は年をとるのを嫌がる老人ばかりで、齢相応の重みを失いつつあるように回心う。

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