テキスト2000
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なかぎょうιrhfRずさざんか(第三種郵便物認可1985年日月お日)桑原専慶流いけばなテキスト叫号2000年叩月1日発行(毎月l回1日発行)桑原専慶流家元発行定価五OO円ひび先代専渓の生花「桑原専慶流挿花図鑑」より十月の終り頃、まだ庭の杜ほと鴇とぎ草すが咲き残っているうちに、しろ赤わびいすけ山茶花が聞きはじめ、続いて自信助(椿)が咲く。そして夏を越して、秋風と冷たい雨に洗われた松がその風格を見せるようになる季節である。中京の小さな庭、この{本も建てられて百二十年ほどになるので庭木もしっかり根を下ろして悠然と歳月を送っている。この三重切の生花、それは先代が日々を過ごしてきた申古川の家に巡ってきた晩秋の、ごく自然なスケッチなのである。そんな四季の件まいを庭として親しむようになったのは何時頃からのことだったのだろう。原形は平安時代、或は奈良時代の宮殿建築にまで遡ることができるのだろうが、京都の町の人々までが庭を持てるようになり、四季非』小さくまとめて家の一部として暮らすようになったのは元禄時代以後のことだろ、っ。丁度初代冨春軒が「立花時勢粧」を著した時代で、いけばなはその後町家で町の人達が「生花」とい、ユ化型を編み出し、その暮らしに合わせていくようになる。生花は立花の格調をうけつぎながらその姿を洗練されて先代の生花となって行く。九粍衿マ;

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