テキスト1998
93/143

なつはぜ悶ザつ』|||。珠の葉、何となく木陰を想像する。そえる花を涼しげに見せる演出である。夏櫨擬宝珠の葉花器淡青色ガラス水盤一九六八年八月号のテキストから丁度三十年前、先代がテキストじこんなことを書いていた。||先日、将棋大山名人の相撲観戦の装警聞いたが『自分の将棋でも偶然珍らしくよい手を思いつくことがある。こんな場合、それをす「使うのではなく、心の中に貯蓄しておいて必要に応じて使うことにしている。私の心の中には、こんな貯蓄がいくつもあるということで、相撲にも同じことが云えるのではないかと先代はこの話に共感していたが、私も同じことを感じる。私達は三卜年、五卜年と生きている聞に深く心に刻みこまれる様々な優れたものに出逢ってきている。だが、いいものに出逢っても、それを心の中で温めずに、すぐ使おうとすると、底の浅い思いつきで終ってしまう。心の中で温めている聞に又他の良いものに出逢う。次々とそれが貯まって行くと心が大きく高く育ち、そこではじめて白分でも良いものを作れるようになる。そんなことを云いたかったらしい。木陰1夏櫨の下にひろがった擬宝花材デルフイgニぽしュームかげなつはぜ10

元のページ  ../index.html#93

このブックを見る