テキスト1997
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をきびしく見さだめようとする心が同時に働かなくてはならない。花材若松敷板杉内木一一尺角倣板敗戦後の一時期、食料事情は飢鐘といってもいいほどの状態で、物価は収入と全くつり介わなかったのでお正月を昔通りに祝うことができなくなっていた。でも片とくらべると机末ながらも型式を守ろうとする家は残っていた。私の家もその一軒で、父はリベラリストだったがチ供の頃からの門慣が深く身にしみついていて、行事はきちんと守らせていた。一体どういうものに街き動かされて・厄日一の押併を守っていたのだろうか。家には仏国も神棚もなかったので宗教的な理由ではないことははっきりしている。だがよく与えてみると、不教的というとき、それはキリスト教的な一神教の観点からそう考えてしまっているのではないだろうか。此頃日本人の宗教心の根底とは一体どんなものなのかを考えてみると、一神教では動かし難いように見える教義があってそれに強い力で縛られている。それに較べて日本人はどの宗教か〈2貞の花〉元H一ムマ北口花器古竹寸筒三ヶ日のらも少し間をおいて、時と場合に応じて選択するという大変向由な態度である。内己の生命というものも、神様がお造り下さったものではなく、視が造ってくれたものと大変現実性が強いそこで崇めるとすれば、それは自分を献んでくれた説であり、御先祖様であり、自分をとり巻く山川草木なのである神道の神様は御先制僚の総代であり、仏様は御先祖僚の霊との橋渡しをして下さる有難いお方なのである。この同ではこれだけキリスト教闘の文化がとり入れられているのに、キリスト教信者は人口の1%に満たないのは当然なことなのである。敗戦後の貧困期を過ぎて、日本経済の好転しはじめた頃から、婦人雑誌ではお正月の正しい迎え万を雌んにとり上げ、お屯請の料用も年々栄華になり、機変りも見せている。国民の殆どすべてが一定の日を、これほど神妙にぷ々しく悦うのは、他の悶々では、その同の宗教上の故も重要な祝日以外にはあり得ない。お正月は一体どんな示教の祝日なのだろう多分御先祖様と山川草木への祝日なのだろう。仏附.にお位明をあげ、初詣でに山かけるのもその証しかもしれない。今年もいい年でありますよう念じてこの日を過ごそう。4

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