テキスト1997
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a光市盛が建立したという厳内切刊社。厳白羽詰での六作に三日かかったが広島湾の西、宮島の海中に浮かんだ朱塗りのこのお社は、島そのものが御神体として崇められていたので、それを怖かつて海中に造営されたそうである。御神体を怖かつての海中の造営だがのびのびとめぐらせた廻廊を朱で彩った華やかな構想はやはり平主情盛らしさがよく出ている。ここに婦人画報の来年の新年号にという依頼で花をいけて写真におさめてきた。参/拝客の多い社寺で花をいけて写真をとるということは色々と難しい条件が重なる。先づ参拝客が来ない時間、という同戸宝厳島神社でーしませっ。ことは早朝か夜ということになる。毎朝四時に起きて、五時から六時までの間に前夜下いけした花を神殿の前でいけ上げて撮影にかかるのだが仕事は朝食抜きで昼過ぎまで続いて鳥居の比えている官兵はタ万潮のひいている聞に一作いけて、厳−R円神社の大鳥居の下まで潮が満ちてくるのをとりこんで、夕焼空の美しくなるのを待っている所である下は朱塗りの廻廊に青竹をとり合わせてみた早朝の場面だが、いずれも美しい写兵になったことを喜んでいる。婦人画報一九九八年一月号「国宝に慶賀をいける」十二月七日発売6 11111111111111111111111111111111111111111111111111111111111111111111111111111111111111111111111111111111111111111111111111111111111111111111111111111111

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