テキスト1994
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〈3頁の花〉このへレンドの花瓶は高さおmほどあるので、細口とは云っても、花器の口の直径は6mぐらいある。が加わってもまだ少し余裕があるので水には充分つかっている。この投入も表紙の蓄蔽のように花の色の塊まり(マッス)としていけられているが、蓄額の方を朝の感じと例えるなら、この投入は真畳のような感触である。黄色と枯花村の褐色。そこから受ける感触は真白な磁器とその肌に描きつけられた水々しい緑の植物の絵柄に潤っている。花材ボロlニア花器淡青色軸手付花瓶ボロ|ニアはオーストラリア原産の仇首相科の低木でボロ−一一ア属に分類されている。作例に用いたのは自のまじったピンクの花だが、本来は真赤な色をしているようである。葉の緑も鮮やかで花は色が美しくかわいい花が沢山つくので時々いけてみたい花だが切花としては見かけない。作例のボロlニアは大きな鉢植から花の多い枝を切りとっていけた投入である。下垂した伎は小よて手ま越りのような感じに挿し、中心部をマーガレットでまとめていけたが、花器の淡いブルーEFん口と姫百合が合計8本に枯蔓マーガレットとの配色がよかったようである。切花だけでなく、私は鉢植の植物で興味をひくものがあれば買ってきて庭で大きく育て、必要な枝や葉を切って使っている。初夏からは熱帯系の観葉植物が多くなるが夏の聞はよく育つのでテキストのいけばなにも度々使っている。一日三回しかできない食事。そして一回、一固まずやりなおしということのあり得ないものだけに、でも出来の悪いものには出合いたくない。とくに物の味に理解と愛着が深まってくるようになると、そんな感情が強くなってくる。物の味に自分なりの理解ができるようになるためのベースは何と云っても家での三度の食車である。食べ歩きも必要なことだが外での食味の判断は、生まれた時から与、ぇ続けられた家の味が基準になる。家の味の程度が低ければ、専門職が真心をこめて作り上げた味め良きには驚いても、どこがどのように良いのか本当の感心は起こり得ない筈である。私は、物の味に正しい理解と深い愛着を抱いておられる人として、谷崎潤一郎さんを大変尊敬している。神戸の郊外に住んでいた頃、谷崎きんのお宅と同じ魚屋が私の家にもまわってきていた。中々良い魚昧ごころ一度3

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