テキスト1994
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〈2頁の花〉多分知ろうとするべきは人間そのものなのだろう。知的好奇心め赴くままに得た知識のコレクションを並べてじっくり観察してみると、何のことはない、分は普通の人であったというだけのことに気付くだけのことなのである。教養が自分も含めて人に歓びを与えるものであるとすれば、普通の人であるということへの自信のある回帰であり、人々との共感によってもたらされる平静さであろ、フ。教養とは高登りするだけのものではなかったのである。〈表紙の花〉花材マンゴーパイナップル不喰芋の葉鶏頭スモールグラス花器板石沖縄から届けて下さったマンゴーとパイナップル。例によっていただく前に飾ってみたくなる。よく合いそうな不喰芋の葉を添えてみると、次にほしいのは鶏頭の濃くて重量感のある花。そして対照的なスモールグラスの繊細な軽きで他の花材がバランス良く淡緑色の板石の上におさまった。花材鉄砲百合花器オレンジ色紬磁器鬼灯は少し使いにくい花村である。mmお肱m自4

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