テキスト1990
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77あ市るまいム9りしるべ正式な礼装というものは、どう着ても多少窮屈なものである。フォーマルではないにしても、男は毎日背広を着てネクタイを締めて満員電車にゆられて会社に出かけてでも、女の服装は男にくらべてかな方−一TノイJノ、l〈そ。れにくらべて同じ通勤電車の中大島紬を着てり楽そうに見える。とくに夏にはその差が大きい。たまに着物を着てフウフウ云っている女性を見ると日頃たまった男の服装の窮屈きが少しは身にしみたかと仇をとったような気分になる。但し私は窮屈にネクタイを締めることは滅多にないので、そんなことを云う資格はないのだが。女性の着物は着慣れない人にとってはかなり窮屈なものかもしれないが、男の着物は、たとえ和樹械でも外見よりもずっと着心地はよい。とくに長時間の書斎仕事は着物に限るよ、つである。思い返してみれば、ついこの間まで男の和服は普段着だった。朝には洋服を着て会社に出かけるが、夕方家に帰る忽v,bq々v庁ーごっネクタイを外して顔を洗って着物に着替えるとようやく人心地をとり戻したような寛いだ表情を浮かべる。それに普段着といっても男の和服姿には、どことなく一家の長としての父親らしきが感じられた。寛いではいても、だらしなく崩れはしないという理想的な普段着である。その点現在の家庭内での男の服装はあまり格好の良いものではない。大方の男性は家に帰ると膝のぬけたズボンに着古したセーター。ひどいのになるとトレパン・トレシャツで寛いだ気分になれるらしい。これでは高校生並みか、それ以下の服装である。私の子供の頃には、父親は大島紬等の絹物、息子達は木綿の緋と着るものも分けられていた。だから祖父の家でも大学生だった叔父達は木綿の緋を着せられていたし、そんな写真もアルバムに沢山残っている。着物があまり着られなくなった理由は非活動的だということらしいが男の着物は女の着物にくらべて五骨振舞がそれほど不便なものではない。満員電車には乗りたくないが、必殺仕事人の藤固まことは着流し姿で見事な腕前を見せる。私も小学校から旧制中学校で剣道をやっていたが剣道着の袴に不便さを感じたことはなし。女性の和服も着慣れれば決して窮屈なものではないというが、あの固い上に幅の広い帯はやはりしんどそふめ→令。うに見える。だが女性の着物離れは第二次大戦中着物で出歩くことがはばかられるうちに戦災に遇い、残った着物も長い食糧難の時代にあらかたお米に換えられて、その頃娘時代を過ごした人には着慣れる機会もなく現在に到った女性が多い。着物に親しむことが少なくなれば当然着物に対する知識も乏しくなる。その季節の風物との密接なかかわり合い、使われる色につけられた優雅な古ケ句多くの画家達によって創り出された様々な文様の名称は日本のすぐれた美の世界に導いてくれる身近な道標でもある。この写真は奄美サロンという大島掘の宣伝誌に掲載されたもので、私と素子は云わばそのマヌカンなので私達も干」ういう格好で毎日暮らして居られれば有難いのだが、いけ花の家元は平常も予定に追われているが、とくにいけ花展が近付くとその準備や下ごしらえで休む暇もない。大木を相手に電動工具を振りまわし、終った頃には手も傷だ〉わけになっている。少しはゆっくりした気分で暮らしたいとは思っているが、も追われるように花をいけ続けているのが性に合っているのかもしれない。(自宅茶室にて)三菱商事会社写真提供月の友二人と11

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