テキスト1990
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的だけ京都の竹薮は周りから眺めていても美しいが、中に入るとよく手入れされているので更に美しく、明かるい日中はのびのびと気分が爽快になり、月夜の竹林を歩くと色々な幻を見る。蘇東城(北宋の詩人)は「竹のない家に住むのは精進料理で暮らしているようなものだLという意味の詩を作っているが庭に竹はほしいものである。孟宗竹を植えこむには相当広い敷地が必要だが、作例に使ったような女竹なら、ほんの小きい中庭でも毎年ふえ続けてくれる。使った作例の竹は庭で今年生えた竹で雨の少なかった夏にも耐えて、秋雨の降るごとに緑が鮮やかさをとりもどして行った。女竹の葉は細長く軽くてのびやかに美しい。だからあまり枝を短かく切りつめずにいけたい。枝を切りつめると手入れされた女竹のように枝葉がかたまった重い形になってしま変よくあっている。蓄識は松や梅のような和種の枝物花材ともよくあ、つが、現在私達のいける蓄蔽には日本や中国の古い時代の蕃磁の血がまじっているせいかもしれない。寒くなるにつれて竹の葉色も美しきを増す。花器黒色素焼炭寸;h斗っき花材竹蓄破、「ノ。竹に普破もとりあわせてみると大8

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