テキスト1988
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Lゆ今にひとえチベッ晩秋色付きはじめた仏手柑は青みの残るレモン色で、その冷たい色の冴えが初冬への季節の推移を告げていづ令。出はじめた水仙といけておくと、二つの香がまじりあって、部屋の中に高雅な雰囲気がただよう。年末にはその仏手柑と水仙に、庭で暗紫色に照った、十一二重の葉をそえ、黒塗りの敷板に飾っておいたが見飽きのこないとりあわせだった。仏手柑は品のよい文人好みの花材とされているが、奇妙な異国的な果実でもある。とりあわせも本来は作例のようなグロリオlサ等南方系の花によくなじむ筈である。上の写真では松をまじえていけているが、グロリオーサと仏手柑だけで、強い個性を求めることもできる。花材仏品川和松グロリオlサ花器濃紺深鉢材した番組では、私に見聞の機会のなかった中国奥地の自然や、人々の暮らしを美しい映像として届けてくれた。中国|説民族の社会と歴史に興味は意きないが、辺境地帯とその周囲の、古くは諸蕃とよばれた国々との入り乱れた侵略の繰り返しの五千年NHKのシルクロードや黄河を取仏手柑は更に興味深い。遺跡の多くは唐時代、漢時代以前に隣る面影を伝え、そこに住む人々の一年は時の流れに超然と昔ながらの慣習に従って一日、一日と過ごしているように見える。黄河を渡るのにとつの昔に姿を消したと思っていた羊一頭そのままの形の皮袋をつないだ筏が未だに使われている。何千年も西蔵高原で葎牛を追って暮らしてきた人達、その肉とミルクは今も必要不可欠な主要食料であることに変りはない。現代文明が波及しつつあると云っても、それはおそらく主要幹線道路沿いに点々と拠点を占めているに過ぎないのだろう。そう簡単に現代文明が行きわたるような小さな国土ではない。又そこで五千年の問に作り上げられた文明は、その自然と深く結びつき、人々に質の高い幸せを約束していづ令。黄河流域の村の正月は旧暦で祝われている。華北の寒冷な風土の中でも、旧正月には僅かな温かみで梅がほころびはじめるそうである。人々はその梅を新春の花として飾る。私達は新暦一月、加温して咲かせた梅を飾り、これから寒さに向かう日を元日とよんで新春を祝う。季節とのつきあいにおいて、|日暦はもっと活用すべきである。トヤク旧正月7

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