テキスト1987
56/147

たど桜の大樹の下で出逢う花吹雪、それは睡気をきそわれるよ、つな長閑な春の日の一ひと刻ときの眺めだろう。ところが先日花見にでかけて本当の雪に出逢ってしまった。周山の常照皇寺の九重桜が四月八日の新聞で三分咲ということなので、満開は四・五日あとだろうと十三日の朝久しぶりに周山街道を辿って北に向かった。今年は四月になってからも寒暖が不順で、当の十三日も何となくうすら寒い朝だった。それでも洛中の桜は殆ど盛りを過ぎて、そろそろ散り楼にかけている。御室から高雄に入ると、市内より幾分か気温が低いので、清滝川沿いの桜は今が満開らしい。月曜目だったので、四月中旬の周山街道は空いている。時々速度を落として、あそこの家の前に立派な枝垂桜があったのだが、と記憶をたどりながら走っているうち、小野郷で小雪がちらつきはじめた。笠峠のトンネルを過ぎて周山の町を見下ろすと、どの家の屋根も真白である。「えらい日にやってきたな」と心配しながら常照皇寺についた。目指す九重桜は、降りしきる雪の中で満開だった。巨大な老木である。枝は東西に十米、南北に十六米。樹の下に立つとは主ひり団花弁でなく、花C弁Tb雪pさがふりかかる。一しきり降っては降りやみ、一種異様な美しきである。後背の杉木立の尖った梢が雪におおわれて形が鋭い。杉に花が咲いたようにも見える。庭の手入れに来ていた村の人も、こんな春ははじめてのことらしい。書一過ぎ、家に帰ると、庭の椿が先程の雪景色がまるで嘘のよ、つに長閑に咲いていた。(写真小西進氏)雪4

元のページ  ../index.html#56

このブックを見る