テキスト1987
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びか〈しだこうもリが7・8句、長き印Hン程が手頃で、熱帯のジャングルの写真を見ると、時々大きな木の上に大きな谷渡りの株が着生し、幅広い葉を拡げているのが写されていることがある。普通私達が見かける歯菜類は大抵地面に根をおろしているので谷渡りもそんなものだと思っていたが、沖縄の植物園でその生態をはじめて知った。それは私達がいけ花に使うものより随分大きな谷渡りで、幅が却で、長きもl訂以上もあった。大谷渡りのことを鹿児島県の大隅半島では猿の真産とよぶそうだが、その大きな株の真中には人間でも座れそつである。大谷渡りに対して、小谷渡りという葉の長さが印でぐらいの種類は樹上に着生せず、葉の基部がハート形の上半分のように切れこみ、その真中から黒い茎が出ているところで見分けられる。熱帯系の高い樹木に着生する歯染で、いけ花にもよく使われるものの一つに集角歯桑がある。一名偏嬬蘭ともよばれ、多数の栽培品種も作られている。花材としての大谷渡りは、葉の幅それよりも大きなものは、いけ花展の大作以外には使いこなすのが無理なよ、つである。作例に使ったのも大谷渡りとして猿の萱ハ産ヲ②。この無駄のないとりあわせを引きは小きい方で、それを出生の姿に似ー大谷渡りせて挿してみた。とりあわせたグロリオーサも熱帯系の植物なので自然な感じにおきまっているようである。グロリオーサは、茎の下部の花から開いて行き、上部に行くに従って奮は固くなる。このとりあわせの場合、大谷渡りの葉だけで緑の量は充分なので、グロリオーサの上部の緑色の固い奮と葉を整理し、開花の濃赤色の邪魔にならないようにしてい立たせるため、花器は目立たない濃青色の一周平なものを選んでみた。花材グロリオーサ花器動物の一種である私達人聞は男女両性で成り立っている。そしてお互の生命は両性の協力によって次の世代にひきつがれて行く。だがそこに男女差が厳然とあり、女性は出産という大きな負担があるにしても、胎内に宿る生命に対して自分の生命が次代にひきつがれていることを確かなこととして実感できるが、男は傍観者の立場でしかあり得ない。私の婦人論大谷渡り濃紺一屑壷人聞が他の動物と大差ないレベルで生きていた時代は共に巣造りをし、その時の状況によって男性が餌集めをし、子供がそこそこ動けるようになれば又元通り男女の不平等成ルもなく働いていたのだろう。不平等感が生じたのは人聞がもっとかしこくなってからのことで、それに関しては多くの論文や学説が発表されている。その中に私の感じているような説があるのかどうか知らないが、私は多分懐妊中の女性が、男性に餌集めをさせた旨味が忘れられず、又男性は傍観者に過ぎない物足りなきから餌集め、巣造りに熱中しはじめ、それが後天的な習性になってしまったのではなかろうか。人聞の社会構成の歴史をたどってみると、そうとは云えない所もあるとは思うが、餌を与える方が威張りはじめるようになってくるのは目に見えている。傍観者である男性は群としても次第に女性とは別に自分達だけの集団の中での文化を作りはじめたようである。そのうちでも法律等というものは完全に男性的な発想の産物ではないのだろうか。多くのシステムや機械類も男向きに使いやすくなっているのもお互協力の上で仕事を進めるためにでき上がった男の論理、男の言葉だと云ってもいい。もともと強かった筈の女性について次号にも続けて書いてみたい。9

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