テキスト1987
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今こくュlムだろう。六O属、昔、アメリカ映画で時々美しい箱に入れた蘭の花を御婦人に贈る場面があったのを覚えている。長き五・六十代ンの箱だったから多分シンビジ私の子供時分は蘭の花なんて見る機会もない、文字通り高僚の花だった。だからアメリカとは何と金持ちの多い国だろうと想像していた。だが日本も豊かになったお蔭で私達も気楽に蘭が買えるようになった。そして今では、アメリカの花屋よりも、日本の花屋の方が豊富に蘭の花を揃えているようである。だがここでいう蘭は大きく華やかな色彩の洋蘭のことで、七三O属、一七000種もある蘭科のうち、商品化されたごく一部の栽培品種にすぎない。日本に自然分布する蘭科植物は、蘭、海老根、石餅、シンビジューム系統の春蘭、寒蘭。蘭科の中でも栽培の容易な紫蘭。鉢植でも栽培されている鷺草や敦盛草と数えあげれば昔から私達のまわりには多くの蘭の花が咲いていたのである。観賞用の蘭は、世界各地で古い時代から栽培されて来たが、大輪の色鮮かな品種は、十八、九世紀にヨーロッパのプラント・ハンター(植物採集者)達が熱帯、亜熱帯性の蘭のびねせ二ハO種以上もあり、風豪華な美しきに魅せられ、母国に持ち帰って苦心の末、その繁殖に成功したお蔭で−普及したのである。日本に熱帯性の蘭が入ってきたのは明治十年頃らしいが、丁度ヨーロッパで栽培法が開発された時期だそうである。そして新顔の熱帯原産の蘭は、日本の在来種と区別して洋蘭とよばれて現在に到っている。明治二十年代になると日本にも温室が作られ、蘭の栽培がはじまるが、それには相当な経費と手聞がかかるので、ごく一部の高価な趣味にしかなり得ず、そのうち第二次世界大戦が始まって、ようやく育ちかけた蘭栽培の崩芽も摘みとられてしまった。日本に洋蘭が確実に根付いたのは戦後「日本洋蘭農業協同組合」ができてからのことであろう。それまでは特殊な栽培家にわけてもらっていた洋蘭が、必要に応じて自由に買い求められるようになったのである。現在最も普及している洋蘭はンンビジュlム、作例に使ったデンドロビュ1ム。そしてシンガポールあたりから大量に輸入されるデンドロビューム・ファレノプシス(通称デンファレ)はすでに稽古用花材として気軽に使われている。洋蘭も見慣れてしまったせいか、手にとっても昔ほど新鮮な喜びを感じなくなったが美しきに変りはない。大切にいけ続けたい花である。テ。ンドロビュームシンビジュームの葉花器中近東産花瓶蘭8

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