テキスト1985
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私達がいけ化に使う栗は丹波栗のような大型の食用に栽培された品種ではなく、日本各地の山間部に野生している実の小さな芝一史を切り集めて生花市場に送られてきたものである。八月の初旬にはぽつぽつ花屋にも入荷しはじめ、暑中にありながら秋の近付きを恕わせる風腫が喜ばれている。だから秋草に類するものをとりあわせる乙とが多い。又花材として山まわる乙とは少ないが秋の深まった頃虫喰い業に枯色の速いが、焦茶色の実ののぞいた野生の芝栗の風情もいいものであるυ栗の技は変化にとほしく、実も丁度よい位置についていることは少ない。長い枝の上下の実のつき具合をよく見定めて切りわけ、多すぎる葉をすかして越の形が充分見えるように枝どりする。切花として売られている唐胡麻の赤い茎は色がきっ過ぎてとりあわせに苦労する花材であるο無難なものとして鉄砲百合のような白花、或いは桔使の淡紫が考えられるが、花瓶の色を考慮にいれて作例のように栗との二程いけにしてみるのもさっばりしていて茎の赤い色もよく生かされるのではないだろうかυ落若いた紺色の花瓶のUK赤い附胡麻の実を集めて配色の効果をあげてみた。花器紺色軸花瓶花材栗情胡麻価値の恭準も一定していたといえるだろう。その庶民の生活に人類はじまって以来の豊かさを急激にもたらしたのが産業革命であるο新しい技術が次々に開発されそれが更に豊かさをまして行くοその後新しいということが常によりよいものの虫富な出引を意味する時代精神となったυ新しさを求めるのは産業界の至上命令にとどまらず芸術の世界をも支配して行ったとある学者は言ったがそれは当然のなり行きであろうο実際ヨーロッパの芸術思想がそれまでのゆっくりした歩みが交通手段の高速化、大量化とあわせるように変化があわただしい。今世紀に入ってから一体いくつの芸術忠想が生まれ造られ打ち扮てられていった乙とだろう。昨目新しかったものが今日はもう古いといわれる現在芸術を味わう時間が私達にあるのだろうかとさえ感じられる。日本が産業革命の恩恵に浴するようになったのは明治開国期からであるが本当にその実を得たのは高度成長期以後の現在である。実を得たとはいうものの頭のいい働きものの後進国であった故にあまりにも多種多様な物をとり乙みすぎて途方に暮れているのが今の状態ではないのだろうか。工芸品に新しい発想の転換が行われると木片に糸と紙がからまったようなものを芸術的、不ックレスとして4

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