テキスト1983
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みやまほざ舎な江かまど寵の花にも多少のきまりはあるが寵そのものが軽いのだから、花はそう多くはいけられない。提手のついたものならその形を活かすのも当然な乙とである。だから簡に基本花型を、そのままあてはめたら、少し量が多すぎてしまう。初歩的な寵の使い方なら、真、副、留の三体で充分析古になる。上凶では右側に真、副と木樺を挿し、左側に松咲七竃を留として少し分量を多くいれている。枝物を使うとすれば夏櫨の細校や深山南天等軽いものにその季節の和風で静かな感じのする花をとりあわせて栴古するのがよい。掛花篭にいけたりする時にも習った基本花型が身についていれば、それを略していける乙ともできる。(其)(副)(留)七月に入ってから、何度も何度もお祭の準備にかり出され、貴重な時間を随分とられてしまったな、と感じると、とんなに協力させられたのだから、せめて祇園祭の行列にお供をする時は好天で、涼しい日であるようにと祈りたくなる。今年は空梅雨のように七月初旬は涼しく天気もよかったのに、宵山飾りをする頃から雨が多くなり、山鉾巡行の当日は、夕立のような大雨に二度も襲われひどい目Kあった。祇園祭にくわしい古老の話によると、くじ引で山鉾の巡行の順番がきまるのだが、A鉾の後KB山が続くと晴、C山とD山にE鉾がつながるような年は当日大雨になるとかの言い伝えがある。古老達の話は面白い筈で、その町に何代か住み、子供の頃からお祭の度にその時代の町内の年寄りから聞いた話、自分自身がお祭に参加するようになってからの経験、他の山町、鉾町の人達との交際から得た雑多な知識が何の脈絡もなく未整理のまま積み重ねられている。だから天気なら天気で、その理由が何かにか乙つけられる。私の住む浄妙山の町内にも、そんな古老がいて、祇園祭になると、訳の分からぬ理問で、その聞の行事をとりしきっている。話が面白いので私は〜いつもその人の横にいて色んなことを聞き出すのが私の祇園祭の楽しみの一つである。3 木柏木木I!失ー七竃樺樺竃七咲穂木1董9 く龍〉

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