テキスト1982
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蓮池作の会行った。八月一日岩田鹿寿社中午前四時半どろ(雨天)今年の夏は二回蓮切りに行った。最初は七月の二十七日に講談社の生花の本K載せる為に行ったのと、八月一日に村の会の辿の研修会でも又七月二十七日には例によって朝三時半から講談社の高田さんと出掛けたが、叩出切りは初めての事で大変面白かったそうである。一昨年も小原流挿花の御依頼で蓮の立花をやったが、その時も始めから終りまで詳しく写真をとり、小原流挿花のその年の十月号に掲載されていた。今年も八月号に再掲識されていたようである。珪をいけるといっても小さな所前茶碗蓮を相手にするのではなく、広々とした池で夜明けに切った辺をいけるのは土用稽古といった感じで気分のよいものである。京都には伏見の南の方に巨椋池(おぐらいけ)という広い沼があって蓮の名所で毎年のように八月には蓮をいける会をしていたのだが、巨椋池は干拓されてしまって久しい。従って私達の流儀の蓮の会も永らく途絶えていたのだが、国道一号線沿いに良い蓮池が出来た昭和四十六年から復活した。テキストの釘号・ω号を読み返していただければその頃のことがお分かりいただけるだろう。今年は梓の会々員と岩田鹿寿先生研修会以での水揚準備、切Uを煮た後水揚薬を注入する口の社中とが合同してやった。あいにく当日は雨天だったが、どうせずぶ濡れになるととだし晴雨にはそれ程関係のない研修会である。今回もいつものように廷を切りに行った後、生ける会場として岩田先生の会社のビルの六階を解放していただいたので、広々として気持よく、全員完全にいけ終える乙とが山来た。終了後山席者の感想を聞いてみた処、初めての人にとっては大変気分のいい楽しい経験であったと同時に一瓶の生花をいけ上げるのに、あらゆる面で乙んな大変なものもあるというととを知ったととが大きな収穫だったようである。で

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