テキスト1981
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京都の古い旅館「柊屋」(ヒイラギヤ)の切に郁子(ムベ)がからまっている。柊は見かけない。中庭にでもあるのかも知れないが外からは怖子だけしか見えない。郁子の実は下の方の枝が太くなった所についている。だからその部分を長くいけないと、かんじんの実が葉でかくれてしまう。色づいても暗紫色なので目立ちにくい。深緑の葉には明るい淡色の花がよい。龍出(リンドウ)の紫のような色は深い糾の色の中に沈んで、形もはっきり見えなくなってしまう。又、蓋物のよさの一訟にはいけにくさがついてまわる。枝が形よく出たとしても葉が裏返しになったり、先が重過ぎて垂れ下り過ぎたりする。いける前に手に持って自然な釣合の保てる所を探しあてることο自然に生えていた時には裏返りもせず良f←Jいバランスをもっていた生円である。自分にあたえられた枝をよく見て索直にいければ必ずいい花が入るものである。花器は灰色がかった緑色、口が小さいので実物が閉めやすい。又、一般的には背の高い花瓶から垂れるようにいける乙とが多い。との頁の花瓶は例外的ないけ方といえる。一郁子鉄線の本来の開花期は、五、六月頃である。初夏の季節感を求めていけられるが、近頃では一年中花屋で見ることが出来る。好きな花でもあり、水揚げもよい上に日持ちがよいのでついいけたくなってしまう。五月号に鉄線の渡来を江戸時代、と書いていたが、実際にはもっと古く桃山時代以前に入ったもののようである。桃山時代から徳川時代のどく初期にかけて多くの絵画や蒔絵に実物を見て正確に描かれた鉄線が描かれているからであるとの説もあるが、その方が信頼出来そうである。九月に入ったらいけたいと思ってる花も随分多い。昨年の十月号に彼岸花の乙とを少し書いているが、今年のテキストKは何とかのせてみたい。だが乙のテキストの十月号の写真撮影が、九月の初旬になる筈なので、その時期に彼岸花が咲いているかどうか。自然の開花を待たなければならない花はどうしても一月おくれてしかテキストにのせられない。だから乙のテキストを参考になさるには前年分もよく見ておいて頂きたい。九月にしか咲かない花は前年の十月号にのっている乙とが多い。今年は順調な夏だったので秋の花が楽しく出揃うに違いない。一鉄線 官日(むべ)花器緑粕花瓶3

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