テキスト1980
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私の十七、八才のころだったと思う。父の晩年の乙ろだったが、その時代は生花に使う材料も不自由勝ちで花屋で買うだけでは充分でなく、春秋の花の自然で咲くとろは、直接、寺院の庭や農家に咲く花を買いとって切りにゆくそんな仕事が、私達花道家の日常の仕事にもなっていた。乙とに私の父は自然に植生するぼくものの類を大きく切りとり、大作を活けるのが個性のようになっていた専渓ので、すでにす法の定った花屋の材料では気に入らなかったのであろう。梅、桜、格などの花木類から秋の菊畑まで買いとって、直接、その季節のよい頃を見はからって、自由に切りとりをするのが普通のようになっていたのである。従ってその仕事に従事するのが家の若い衆や私など息子どもが、手伝いさせられるのが普通の様になっていた。京都の近郊はまだ農村Kとりか乙まれている頃だったので、東山の一乗寺、修学院、山科、嵯峨、上賀茂など農家が多く土塀にか乙まれた表庭などに、梅、桜、木蓮、椿、南天、栴もどき、せんりようなど花木から実ものまで、おもと、ばらん、とくさの類まで庭の材料が自由K切りとれるのんびりとした時代であり、少し時間があると自転車でかけつけてそれぞれ農家と交渉して、自分の花畑のような心安さで切りとるζとが山来るのだった。夏季になると花菖蒲の池から河骨、蓮の水草類まで池ごと買収して、水揚の関係もあり、ζとどとく手切りの材料を使うのが当然のようになっていた。山地の材料も同様、笹百合から山菊、りんどう、ためとも百合、鬼百合、女郎花など近郊の山を歩いて採集したものだった。乙とに実ものの山木の類、紅葉のどうだん、はぜ、つつじなど目もさめるような美しい材料を採集したものであるu従って山地にある山花草木の季節や、採集の川崎所、切りとってからの処即日など、いろい右教わって勉強になる乙とが多かった。乙れは、すべて花屋にまかせっきりの今日の花道家とは、随分へだたりのある体験だったと思っている。その頃の三月、中旬に入って暖かい陽ざしのある朝、だった。今日は紅梅を切りに行くというので若い衆に車をひかせて、父と私、その他三人ばかりが、まだ霜のある早朝から千木丸太町のある寺院へ出かけて行った。立売の一筋南の通りを入って下(しも)の下立売西入る三丁ばかり入りくんだ町の奥にその寺があったが、とにかく東向きの寺院で、椿や南天の茂った本堂一訟の庭に紅梅の樹が五株ほどあって、これが今日の採集の目標である。漸々陽ざしがかがやいて寒い朝だったが、三、四メーターの枝の張った紅梅(八重咲きのマヤ紅梅だった)が、すでにつぼみをふくらませて深紅の花をいっぱいにつけて見事にならんでいる。朝霜にぬれて陽にかがやき、つぼみも開花も清々と水あげて実に新鮮である。勢い乙んだ私達は鋸とはさみを持ってすぐ切りとりにかかろうとすると「父はしばらく待て」という。水陽げてりんりんとしている枝を切ると花が落ちてしまうから、少し陽をうけて、つぼみの萎れた乙ろを見はからって切るものだ、という。私達は陽の登るのを待って切りとりを始めたのだが、成程、切りとりに時間があるものだという事がはじめて理解出来たのだった。南天を切るのも朝露のある時間に切ると、葉が落ちるというのも、その時教えられたのだった。切りとった勢いのよい木はしばらく古い水につけて養いをする。すぐ新しい水に入れてはいけない、という事も教えられたのだった。その後、山地の草花(山行合、とりかぶと、しもつけ、きんばい草)などを採集して、ござに巻き引きしめて下山した事があったが、麓までおりて渓流に足もとをつけようとして包みをあけて見ると、すっかりむせて緑の葉が褐色になっていた体験があるのだが、新しい草の葉には熱気があって葉がむせる、という事を体験した。従って山なれた採集の男達は大きい背負い篭を背にして、切りとった花を軽く背中の篭に投げ入れながら採集しているのを見て、成るほどと感心したものだった。遠い地方からの送り荷の花(例えば温室栽培の菊など)にはその荷作りの中心に叩センチほどの直径の篭を何箇か包み込んで、空気抜きをしているのを見て、乙れも同じ理由によるものか、と理解出来たのだった。新しく採集した花材が必ずしも、そのまま新鮮に私達の手に入るものと考えるのは、いわゆる素人の考え方で、いろいろ採集にはテクニックがあるもの、と思うのである。その他、採集上のいろいろな手段があるようだが、それにはそれのいろいろ工夫があるものである。草木にはそれぞれに適した温度がある。切りとって、いわゆる「切り花」とした場合、その草木の野生地と栽培地(温室を含めて)の制度があって、それに調和した温度の中で保存した場合が、最適の状態といえる。花を採集するとき、雨や露にぬれた材料を切るといたみやすい。陽をうけて、かわかせてか寄り切ることが大切である。雨にうたれた花は色も悪く、花葉に水分が多すぎ水揚げが悪い。風の強く吹く日も水揚げが悪い。夏期強い太陽のもとで切るのも当然よくないが、すぐ水切りをして日陰で養うととが必要である。紅梅12

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