テキスト1979
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琵琶湖の西、北比良駅を下りて掲色に枯々とした畦道を比良山へ向って歩く。荒涼とした二月のはじめ思いつくままに私ひとり、冬の野草の中にはなにか趣味の材料もあるだろうと、今日はショルダーに花鋏、包み紙などを用意して村道の小道をやがて山路にかかって行く。比良の渓谷、石切場から流れる谷川が岩石の急流をつくって、やがてこの水は琵琶湖に入ってゆくのだが、石切場から急坂を登ってゆくと一時間ほどで「八雲が原」。夏はミゾハギ、スイレン、ハナショウプ、サワギキョウなどが咲き、高原地帯になる。ところまだらに雪の残る今日は、さすが人影もなく、靴音をさせるのは私ひとりだけ、花にとりつかれたような私だけが経済速力でほつぼつと登って行く。道にそうた渓流の岩石には雪が白く、その問をさけるように急流が音をたてて流れている。やがて竹叢がいっばい生い茂っている谷のはざま、峡谷の行きづまりにつく。これが石切場である。雪どけの水が溢れて竹叢も岩場もそれをとりまく草の原っぱも浅い沼のようになって足の踏み場もない。その竹幹の群がりの雪の中に「春蘭」の花をみつける。ひたひたと流れ込む水の中に、株もとは水と雪の中に春蘭の花が咲いている。せんせんと流れ込む雪水の中に小さく冷厳な感じの春蘭の花が小さくゆれ動いている。全く、「終若駅」でみつけた私の恋人というところである。この附近にある岩場には「イワカガミ」が多い。一メーターほどの岩石に小葉のイワカガミが群がって野生している。雪の下によく似た丸葉の光沢のある下草。十一月下旬から三月ごろ紅葉した葉の濃い紅の色が、蟹の甲羅のようにぴっしりと重なり合って生殖する。光りのある葉の面が群がっているのだが岩鏡とはいみじくも名づけたもの、と思うのだが、陽あたりのよい場所が適しているようで、「イワナシ」などと同じ場所に野生していて、二月から三月ごろ、ともに淡紅色の小花を咲かせる。この比良の裾野のあたりの2キロ四方ほどもある高原地帯に群がって野生していたものだが、今はこの辺も植林されて、すっかり姿を消してしまった。花を訪ねて歩く私にとって、実に淋しい思いのするのは無理というものだろうか。7 ② 春も蘭え雪

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