テキスト1977
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4応能楽界の最高の笛である杉市太郎氏に頓んで、私の家へ来てもらって全曲を吹いてもらい、それに乗って私が舞い、細目にわたって千作先生に振付けをなおしてもらった。素人のことであるからやさしく丁寧に教えてもらうのだったが、とにかく大変なものだった。能の「翁」の中の一部として、この「三番三」が組み込まれてあり、翁は能楽師の持ち役、三番―二は狂言師の持ち役となっていて、全曲一時間ほどのうち、三番三の舞時間が四十分ぐらいはある。狂言の中では重要ないわゆる「菫習い」となっている。「さんばそうを踏む」という言葉が古くから一般にいわれる様に舞拍子の多い曲で、笛の音にしたがって足拍子を踏み、複雑な型の舞を演じて行く。三番―一の一曲の中に「もみの段」と「鈴の段」が二曲わかれており、前部は「ひためん」といってそのままの頻で舞い、後部は月16日・17日は専門の玄人の能楽師たちの演「めん」をつけて舞う。4月17日、私達(いわゆる茂山一座)は宮島に培いた。私の舞うその前日である。このころになると稽古も充分であり、それ以上は自分の芸の商さ低さによることであるから、今さら心配することもなく、どうでもなれ、といささか横舒な気持にもなって、気軽な気持で神社の会館に宿泊することになった。5 能があり、十八日は素人の私達が出演する日に定っていた。さて、当日時間前に楽屋入りをする。楽屋には能楽関係の玄人の人達がいっぱい。がやがやの中で衣裳をつけにじめる。(写真1)「大丈夫ですから、堂々とおやりやす」と千作氏が励まして下さるのだが、写真で見るように桑原先生の顔はいかにも不安げである。「なにくそッ」と思うのだが素人のあさましさで、顔色は一向にさえてない。さっと切り方命があいて長い栢がかりを歩く。(写真2)舞台に入るころには心も落粋いて、今さら引っ込みのつかない状態となって、かねての通り「もみの段」から舞い始める。(写真3)すべての出演者が静粛に見守っている。見所いっぱいの観虎者が私を見つめている。約20分問、わり、後方に座って汗をふき、能面をつけ次の「鈴の段」の衣裳なおしがある。鈴を持ち、まもなく舞台に立ち鈴の段を舞い始める。(写真4.5)足拍子と鈴のシャンシャンと鳴るその音の組み合わせによって、今度は華やかに雄壮な形の舞を進行させて行く。い。この舞の中にまた初段中段三段の別があってまことに複雑に優雅な舞である。前後の舞を終わって約40分問、ほっとして栢がかりを踏み「切り猫」に入る。で」と先生がほめて下さる。「お目出度うございます」と楽屋の人達から挨拶をうける。風呂から上って熱いお茶を飲むそんな気持ちである。前夜来さくらの若葉にふり込めた雨がすっかり晴れ上がって、宮島の夕賜が美しかった。「もみの段」を舞い終「お首尾11 111の調子もすっかり変わって軽やかに面白

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