テキスト1976
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きのう。フロ野球の放送の中で解説者が而白い話をしていたのが耳にのこっている。それはある球団の監督の話だが、「選手をどう動かせるかについて、いつも苦心しています。練習を充分やることは当然だが、試合前には特にきびしく練習させて選手達に充分自信をもたせることが第一、もちろん疲労の限度を考えるのですが、それを越えない程度に練習させ、充分油をのせてそのままゲームに出します。出来がよくてもその場ではほめないし、また調子の悪いときは、その以前のいちばんすばらしい時のことを思い出させるように話をして、激励するととにしています。」勝負のかけひきとでもいうのであろうが、指導する人の言葉としては当然の考え方であろうし、選手個人と集団を引き上げようとする監督の苦心も大変なものだろうと思われるのである。よい指母者がなければその団体の実力がのびないことは当然であって、また個人指導にしても、その指尋者の技術が優れていることがまず第一、さらにその指導法が優れているかどうか、ということが全体を引き上げる重要な条件となる。さて、私もつね日ごろ花を教えながら、これによく似たことをいつも考えるのだが、教えるもの羽1う人の二つの立場がいっしょになって考えねばならぬことが多いので、そんな話を気づくままに書いてみる。習う人達にはいろいろ個人差がある。意外に早くすらすらと上昇してこれは大したものだ、と思っているうちにやがて行きづまり、それからは中々のびない人がある。またはじめは実に鈍くさくてこれはどうなるか、と心配しているうちにやがてある期間を過ぎると確実に進歩しはじめ、芋17実に技術が上昇してゆくといった、そんな人逹も習う人達の一っの型といってよいほど類型的な例がかなり多い。教える立場としてはいろいろな生徒に接するのだから、それぞれの個人差をよく見きわめて指導の方法を考えるのだが、思いつくままにそんな例をあげてみる。①稽古場はなるべく楽なふんい気をもたせること。窮屈なのはいけないが、賑やかすぎてもよくない。②先生は花に対する愛蒋と熱意をもつ人でありたい。習う人も同じである。③折にふれて関連のある美術の話や植物の話、花器の観察、その他一般の装飾美術などについて話しあうことも必要なことである。④稽古場で活ける時間‘―つの花にかける時問、なるべく早く活け上げる。時間がかかりすぎると身体も心も疲労する。花もいたむということになる。手早くよい花を活ける習慣が大切である。⑤どんな人でも調子よく活かる時があり、今日はいけないということがある。その日の状態、材料のよしあし、活ける人の心のあり方など、そのときによって様々である。深くこだわらないで花を楽しむ態度が必要である。⑥どんな人でもスランプに陥る時期がある。一般にいわれる「。フラトーの高原」にさしかかる。このときが大切である。それを押し切って、その次にひらけてくる進歩と理解を期待しつつ、練習をつづける。この時期は翌いごとの大切な時期である。⑦調子よく活けられるとき、これは嬉しいがそのまま続くものではない。教える人はこんなとき材料を工夫したり、活けやすい材料、むずかしい材料、などいろいろ変化を考えて、やさしく輿味をひく様に、きびしく苦心を与える様に進歩のためによき指導をする。⑧練習日の花材について。活けて楽しく、家庭に飾ってまた美しいというのが理想的だが、時として花がいたむまで厳しく練習することも必要である。もちろん家庭に活けてからの水揚状態を考えることも必要である。⑨花を活けるとき、花器に接近して活けるのは当然だが、ときどき離れて自分の作品を見ること、活からないときは、少し休むこと、他の人の花をみること、気分を変えることが必要である。花に密粋して熱をあげる様なのは、よい花が入らない。こんなとき而白い話をするのも効果的である。⑲活けつつ話をしてはならない場合、軽い話をしながら活けるのがよい場合、いろいろある。気分の悪い日、かかることのある場合は、花が入らない。こんなときは軽い気持に切りかえ、花にふれることだけを楽しむといった態度に切りかえることである。先生はそんな状態を観察して軽く美しい材料に切りかえる。活けにくい材料を活けさせて、その処理ができるかどうかを観察する。⑬活けよい花器と活けにくい花器、それを考える。その用い方を考える。多忙な日、心に⑭活けているとき、人に見つめられるのは気にかかるものである。他の人に見て欲しい、と思うようになればこれは大したものである。⑮雑談をしながら活けるのも楽しいものである。音楽などさらによい。それで作品にさわらないという程度になることが望ましい。⑯同じ材料をつづけて徹底的に習うとしっかり覚えられる。これは生花の場合に多いが、葉組みものなどはこの方法によるのがよい。同じ材料を花器を変えて研究すること、これも必要なととである。⑰いけばなはどの場合も萎縮してはいけない。のびやかに活けることは見る人達に悠然とした感じを与えることになる。⑱活けはじめるとき、よく考え計篤を正しくしてはじめることである。出発を誤るととり返しがつかない。進歩するために⑫⑪12

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