テキスト1976
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A0`‘、ヵcビワの実が少し黄ばんで緑の実と入りまじっている。黒々とした緑の葉、それにショウブの葉と白い大輪花。花器は緑青色の陶器だが上部の中央に径4センチ程度の小さい穴があって、それにこの花材を挿し入れる。小さい量をさし入れるのは少し窮屈だったが、活け上げの形としては調子が面白かったので、この花器を使った。花形は「対照形」で前後の奥行きの深い瓶花である。中央の下部にビワの実が乗せてある。これで花の挿し口をかくれるようにし、また花全体の中心部をしっかり押さえて引きしまりをつけている。梅の実、ビワの実、かりんの実など季節的に瓶花に雅趣のある材料だが、黄色に色づくといけばなには感じがよくない。黄みどりの若々しいころの実つきの枝を活けるようにしたいものである。この写真でみる同じ様な形の花器が、私の家に三個ある。丸い箱形のようで上方は平面、その中央に小さい穴。陶器としては新しい形だろうが陶芸家も活ける私達のことも考えて花器を作って欲しい。小さい穴なればこそ面白い形、というのはわかるけれど、せめてこの花器全体に調和した花が入れられる様に考えて、ロもとを作っておくべきだし、そんな花器を買わなければいいのに、ということにもなるのかも知れないなのでこれだけの分ビワハナショウブ八月の末から九月のはじめにかけて、低い高原地帯に山栗の実が大きくなって目だつ様になる。これを柴栗というらしいのだが、とにかくそのころになると、山近い町の子供達が集ってこの山栗をとりに行く。子供達はまだ充分に実の入ってない青々としたいが栗を、競う様にとり集めて用意の袋に入れる。深い山村地帯では陽あたりのよい山の斜而に栗林がことに多い。朝砺のたちこめるころ樹林の道を行くと、この柴架の実が自然に穀を破って道いっばいに重なる様に落ちている。集めるのに忙しいほど、という話をきいたことがあるのだが、町近くではとにかく初秋の始めの頃のこの栗拾いは、子供達の遊びの―つなのであろう。戦後のまもなくのころ、私は木幡の駅からすぐ近くの花豊園という植木屋の畑へときどき材料を切りに行った。すぐ裏手の山が木幡山の山裾になり、サンキライの実、なつはぜの紅葉などが手近かな道端に見つかったので、少しの時間に採集したものだった。ちょうどそのころ柴栗が大きく実のって、とにかく手近かなものを枝のまま切りとって持って帰り、花瓶にさして漸々ひらきはじめた苅の尾花をそえて活けたが、サンキライの実も色づきはじめたころであり、あわただしかった戦中の生活からやっと解放された思いをしたものだった。栗6□此し木ば11

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