テキスト1975
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近頃は籠花器を売る店というものが殆ど少ない。籠の花器が欲しくてもどこで売っているのやら、それさえもわからないというのが現実である。茶花に使う籠の花入れ、というのがわずかながら作られる、という状態である。陶器の花器の大衆的なのに比較することは出来ないにしても、私の様な花逍家にしても特殊な籠師との交流も少ないし、京都のような花道茶道の中心でもそんな状態だから全国的にみて、保存された古い籠花器は別として最近に買うといった籠花器はいよいよ少ない、と息われるのである。九州地方の籠、四国地方の籠という特殊なものがあっても、趣味のよいもの技巧の優れたものというと、いよいよ少ないというのが実状である。なにしろ一個一個と作る手仕事の籠のことであり、大量生産が出来ないという関係もあって、比較的高価にもなり、一般の好みが段々と変ってきたこと、作る方の籠師も大衆向きしない花籠の製作に若い後継者が少なくなる、という関係もあるのだろうし、第一、技術の巧い作家が段々と少なくなった、という関係もあって、伝統の籠師の様に技術をうけ継ぐ、といったそんな意欲が薄れているといっても誤りないと思う。工芸作家といわれる人達の程度の高い作品は別として、竹花器や籠花器は作る方も、買う方も段々と過去のものとして低調になっていくのではないだろうか。もちろん、私のいうのは伝統形式の籠花器の話であって、このごろ民芸屋などで売られている実用品の籠とは別のお話である。(写真)魚籠・白百合・ポトス籠のはな専渓毎月1回発行桑原専慶流編集発行京都市中京区六角通烏丸西入桑原専慶流家元1975年7月発行②No. 145 しヽけばな

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