テキスト1975
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Rオミナエシ、紫リンドウ、シダの三種である。主株(おもかぶ)と子株(こかぶ)の二つに分けた「分体花形」の花形である。まん中に空問をあけて水面を美しく見せるのがこの花形の特徴になっている。分量の多い材料を混雑しないように左右に手ぎれいに分割するのが少しむずかしい。技巧的な花形といえる。「分体花形」というのは伝統生花の形式を盛花に応用したもので、さらに江戸初期の立花の株分サの花形から来ている。いわば盛花として最も形式的な花形といえる。Rシナノガキ、ケイトウ、モンステラ、白菊の四種をアズキ色の丸い壷に活けた。ケイトウは淡黄色、紫赤色の二種である。小粒のシナノガキは実の少ない枝を選んで、素朴な野趣の見えるように、枝の線によって風雅な味わいを出すようにした。との自然趣味の花材の中ヘモンステラの洋種の葉を一枚入れたのは、この瓶花に新鮮さをもたせようとしたもので、これが「ふいりつばき」の葉であっても「あじさい」の黄みどりの葉であってよい。⑧ 器もそれらしい軽やかなものを選び、明るい新鮮ないけばなを作ろうとする。まことに、花のもつ感覚と花器のもつ感覚をよく考え理解して、それにふさわしいいけばなを作ることが大切といえる。考え、それを引き立てる様な花器を選び、どの様にしてそれを美しく見せるか、ということがいちばん必要な条件である。私達が花を活けるときいつも感じるのは色彩の配合についてである。なの技術の中にむずかしいものも多いが、案外簡単そうに見えてむずかしいのは優れた色調をつくる、ということである。どの花にも色があり葉の色がある。実の色、幹の色、それらが交って私達のいけばなの素材が出来上っている。一見してそれが自然だといえば簡単だが、それを配合して作者の考える、作者の望む色調を作り出すということになると、自然のままの花葉の色の上に、配合的色調という性格のものが要求されることになって、このとき、作者の教養のありやなしや、その芸術性があらわれてくることになる。いたずらに色の多いのが美しいとはいえない。単純な色彩であることのほうが美しく感じることもよくある。たとえば新聞紙のある面が色を使って印刷されている様な場合がよくあるが、色刷りであるがために紙面がきたなく見えることがあり、広告面など混雑して見えにくい場合も多い。黒色であるが故によくわかる広告面が色刷りであるために見にくい、というのはその目的を誤っている、といっても過言ではない。これは―つの例にすぎないが、盛花の色調など、多きが故に美しいとはいえない。単純であるために引き立つという場合も多い。考えなければならぬ大切な問題である。いけばなとは花の個性をいろいろないけば7

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