テキスト1974
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悉呼私の住む六角烏丸のすぐ後の街が室町通。京の室町というと全国的に有名な呉服問屋の町で、西陣から室町へかけては日本の染織のメッカといわれるほど代表的な商店が集まっています。そんな土地柄ですから花のお弟子も呉服関係に多いし、折にふれていろいろ変わった頼まれごとも多いわけです。このお話も大分以前のことになりますが、昨年の一月、西陣の「巧趣苑」という織元商店が「春の展示会」を開催したことがありました。御室の仁和寺の書院を全部使って、各商店のご自慢の商品が陳列され、それは一月の中旬ですが、夏ものの見本市のような陳列であったと思います。かなり豪華な展観で、京都の呉服を代表するような俣れた陳列会でした。私もその同人商店の中に知人があって別記のように「名士五人展」というのをその会場で催したいので、きものの図案になるような絵を描いて欲しいと頻まれたのです。そんなことで、なんとか上手に描いてほめて貰おうという欲気もあっ夏、京都植物園へ行き夏草の絵を写生することにしました。八月の中頃、ちょうど「芙蓉」の花が美しく咲いていたのを、写生して、とにかく責任を果たしたのですが、さてその翌年の春、忘れた頃になってこの展示会の案内状を貰いました。きものの展観もみたいし、また、私の絵がどんなになったのかと興味もあって、仁和寺へ出かけました。広い書院の各室に多くの呉服が展示されていましたが、その中に私の絵が若物になって人形が若て立っており、私の名も大きく表示されていました。さすが染織の名家の作品となると、拙しい私の原画もよくととのって、面白い間子になっていましたが、あつかましくも描いた私をかえりみて、はずかしい思いをしたものでした。て、その前年のRきものになった芙蓉の図案(お召)四十八年度春の巧趣苑特別の催しとして左記五名の先生方に御依頼した色紙からデザインのヒントを得て新らしい感覚のキモノを御披露致しますc 巧趣苑の案内状名士五人植物園で写生.展(人形)5'c, 家逍家村雁治号表千芸渋中堀桑楠仏歌茶花.陶光舞道寺伎門俳主優流元家谷内原部有宗専弥教郎完慶弐先先先先先生生生生生R 専渓@ R きものになった私の絵

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