テキスト1974
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心懇誂亦追翅琺'》i16日は教授の人達二十名が集まって研究会をひらいたが、第鴨島町というのは徳島市から東方へ30分ばかり電車で行った静かな郊外住宅地である。徳島市から鳴門市へかけて桑原専慶流のいけばなを習う人達が多い。鳴門から淡路島方面は江戸中期のころから桑原専腹流の門人が多く、ことに鳴門市(旧撫養町)には古い門人の人達が健在で、最近に至って年若い師範の人達も増加し、従って門下の人達も大変多い。3月16日17日、家元専渓氏を迎えて、鴨島町において「いけばなの四季」の教本による講習会が開催された。第1日の2日の17日は門下の人達百名が、会場八幡通黒住教会(石原慶蘭氏)大広間を会場として講習会がひらかれた。盛花、瓶花の基本花形、応用花形、創作にいたる作品展示とその解説について、家元の詳細にわたる講義、実際作品を見て、会員一同に益するところが多かった。将来の飛躍が期待される。井七士(唆逍オ褪一召EiA絣a)唸為刀江禾E-4、9l唯,J“立氏考則非ぷ菱無春無夏無淑無冬奇樹らA枝芳!阜冬花臨猜両式上直玖棲誅閣下至困丈至弟属燦弗直也吾カ一ー倫上ー人{愚嵩於六「私而禾留意於立花野山千樹之ー景丘堅百舟勝困箋天地孤現忍ー室累也梵而不奉菰区想み弥便初〗心玉戸是惑上来汎則此綸瓜可玖知上八→失寛政丙辰秋阿瑞嗚門脇庇亦幾乎ぷ亦,悦平卒乃諭嘗世惑編此再士其為ズ然爛然以悦甘悠f焉造是粂原一ー流9之正直易入rul得史,餘而巳雖然孤花団以料艶畏粍雲団以3月16日・17日徳島県鴨島町においてi雲亭徳島駅で乗りかえて、急行で一っ目の駅が嗚島駅だった。昨年の二月に車で観音寺から高松、高松から山地を山越えして随分長い自動車旅行だと思ったが、電車で行ってみると意外に近い距離であった。鴨島の町は美しく静かな町で、駅前の中央通など近代的な市街美を見せている咀るい町だった。花屋から喫茶店、服飾店、家具店、レストランなど、近代設備の整った明るい町並に驚かされたが、ことに「本郷」という民芸品専門の大店があり(本郷ビル)これは京都市にある同じ民芸品店とは比較にならぬほど立派なのに感心したが、このお店の奥さんが石田慶蘭氏の門下としてこの流儀のいけばなに熱心な方、ときいて嬉しかった。徳島県の御姉人方は明るい感覚の方達が多く、自然、いけばなに対する考え方も進歩的であることが何より喜ばしく感じられた。徳島の盛花瓶花講習会かきつばた白椿(花器・阿波大谷焼)後尾にある文章(寛政3年版)ー一約200年前ー一桑原専慶流の伝書「立花錦木」の10

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