テキスト1974
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ブ菊、ら「m昌印〗という白花の大輪I47 私は最近、菊を活けることが少なくなった。園芸がよくなり品種のよい菊がたくさん出廻るようになったし、水拗げのよい品種がほとんどで活けてすぐ萎れるような菊は三等品種で一般にも売れないようである。こんなに菊がよくなれば私達がいつも菊を活けるかというと、それとは反対で近頃は菊に興味がなくなり稽古の花でさえなるべくさけようと考えるような皆恨になってきた。い菊は一年中の花材の中でもいちばん好まれる花であったし、恐らく花屋の商品の中でも重要部分を占めている材料に違いないだろう。戦後、園芸が復活して他の尊花栽培もそうだが、最も力が入れられたのは菊の栽培であった。ことに湿室栽培の菊(冬)や抑制栽培の菊(夏)が長野県の栽培地、渥美半品、淡路島など温室で作られる菊が大量に出廻り、それまで菊といえば夏菊、秋菊ときまっていた花のシーズンさえくつがえされて、一月にも大輪の菊が見られ八月にも水協げのよい大輪菊をざらに見るようになった。つまり、一年中いつでもよい菊が得られるようになったのだが、さて私逹の生花では、一月から十二月まで豊かに咲く大輪菊を見るのでは、第一季節感もなくなったし、いつも菊々では興味もうすらぎ、うんざりするといった考え方になるのは贅沢とはいえない人の心理である。自由に美しい菊が出廻るにつれて私達はなるべく菊を敬辿する、というのがこのごろの気持である。戦前は菊を活けなければ他の草花などほとんど種類が少なかったし、六月頃から見られる及菊の類、これが八月にすっかりなくなって、秋冷の九月はじめになって漸く秋菊の初花を見る気持は、季節感があって楽しいものだった。きびしい夏が漸く終わってすすきの穂が出はじめ、萩濃い紅菊と白菊を5本、あしらいにカラジュームの築を3枚つけて生花を活けた。温雅な材料の菊にカラジュームとは変わった取合せだが、意外によく調和していると思う。最近、園芸かよくなって大輪咲きの美しい菊が多くなったが、それとともに茎も太くしっかりして、まっすぐに強い感じのものが多く、瓶花、盛花の材料としては辿当だが、古典的な仕花には柔らか味がなく、風雅な枯趣が感じられない。写真の生花のように而立した菊では柏紹も乏しく、まろみのない花が出来上がる。やはり仕花には昔の夏菊、秋菊のように細々として、くせのある茎のものか風雅な形を作ることが出来ると思う。生花には適せない材料だったか、とにかく写真にとり掲載することにした。の花、はげいとうが色づくようになって、秋一番の大輪菊を手にさわる感触は、なんとも言えないほっとした季節感を味わったものだった。九月のはじめに滋囲県の栽焙地かこれが京都へ入る秋の一番菊だった。葉が硬くほとんど水揚げの悪い菊だったが、たとえ萎れてもいい、秋菊の手ざわりの感触を楽しんだものだったが、今に思えば返ってよき時代であったかも知れない。カラジューム(生花)R 12

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