テキスト1973
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cすいせんを前方に挿し、後方にデンドロビュームの淡い赤紫色の花させて、洋蘭はまっすぐ、といった程度にさしてある。明る<部麗な盛を2本挿した。すいせんを前に傾斜花である。この作品の様に5対5の比率の材料の用い方は考え方も面白いし、草花を活ける場合にこんな配合も好ましい。この二種は汗蘭を前に入れたならば、花が引き立つように思えるが、反対な使い方をして後方に人っているがために、感じが変わってみえるし、花の奥行きが感じられることになる。c 見せるという特殊の場合も少なくなったので(もちろん視礼水盤、広口の花瓶に使う花留具について考えてみよう。最近は剣山という使利なものがあって、晋通の楊合は留めるのに苦労をすることがなくなったが、剣山の出米るまでの近い廿は、花留具への留め方がいけばなの―つの技術とされた時代があった。剣山以外の花留具というとめ)(かんぜみず)(ごばんめ)などが代表的だが、これも段々と使うことが少なくなった。江戸時代には命屈の花沿(うすばた・すえひろ・つほ・すなばちの知)にすばらしい美術的な名竹があったが、時代のうつり変わりによって粘巧な技丁の金屈花器が少なくなった。これと同じように、金屈花留具の類にも材料のすぐれたものを使って、花留11パの形そのものも美術的な考案のものが多く竹られていた。たとえば亀の形をした花留具は竹も足四本もそれぞれ動くように一夫されたものがあり、またくつわの形をした花留具にも美しいものがあった。この様に花和11パそのものが美術晶としての価値のあるものがかなり多かっこれは、汀戸期から明治へかけてのいけばなが生花を主としておったがため、足もとがすっきりして花留真をはっきり見ることの出米る花形であったがために、自然、花留具にも意后を加える羽1閉があったのである。今日では剣山花留只を使うことが多くなったし、足もとをでも盛花に足もとを見せる活け方があるが)ということについて、OO心を払うことが少なくなっている。花道の歴史の中で、いうことについて‘―つの項目を起して研究する必要があると考えるのである。―(しっほう)(きっこう)(か、花留具の意匠「伝統の化招具といけばなの技広」とつの反省である。3 花留具すいせんナこ。デンドロビューム

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