テキスト1973
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新年に松を飾るのは日本の習恨である。いけばなに松を活け、家の表ロに松飾をする。このごろは段々と少なくなったが、それでも「かど松」というと新年らしい情紹を感じるものである。松は百木の長、などといって諸木の中でも生命力が強いということを人生にたとえて、とにかく松はめでたい、ということになっているのだが、このごろ旅行の列車の窓から見る沿線の山地に、松喰虫にやられた枯れがれの松をみると、この話もあまりあてにならないと思うのである。とにかく、松はめでたいということにして、新年の松について思いつくままの話を書いてみる。かど松は門松、松飾などといって新年を祝うために門口に装飾をして、家の福寿を祈ることより始まった習慣で、そのはじめは中国から伝わってきた習慣である。古い中国の詩人に王安石という人があって「松は万木に秀れて君公の位を保つ」などといったのがそのはじめ、といわれるのだが、最近は工場の煤煙や自動車の排気ガス、それに松喰虫などと、日本の松も昔のように風雅な景色というわけにゆかぬようになったのは残念である。さて、新年に松飾(まつかざり)をする家は、まだまだ多いと思うのだが、大きい門のある邸宅や会社銀行などに作る松飾のように特別大型のものもあるが、普通の家庭では根引きのめ松や小さい雄松を一本かどぐちの柱に打ちつけるのが、普通である。めまつの根引きのものを一本、足もとを紙で巻き白赤の水引で結んで装飾にするのが普通の習慣だが、水飾さりヵ松[桑原専渓ろっ゜新年のいけばなに若松を青竹の花引をつけるのは装飾する意味だけではなく、家の神へお供えをして一年の繁栄を祈る心からきたものであろ器に活けるのは儀式めいた感じがして中々いいものである。かぶもとを紙で巻き金銀の水引や紅白の水引をかけるのが形式になっているのだが、これも門松の信仰と同じ意味で、床の間に神の絵像を杞り若松をお供えする心から水引をかける、というのがそのはじめなのだが、このごろはこれも一種の流行となって水引は装飾としか考えられていない様である。若松のいけばなは新年のいけばならしい新鮮な感じのものだが、切りたての青竹の花器に松のみどりの葉もなんとなくすがすがしい。紙を巻き水引をかけた姿も儀式めいた装飾で、簡素で清純といった感じがする。ことに材料費も安価に仕上る点も大衆向き、といったいけばなである。若松は普通七本いけるのが形式になっている。一本ずつまっすぐな茎を選んで伝統的な生花の形に活けるのだが、技術的に少しむずかしいので、花屋の店で活けてあるレディーメードの若松を買う人達も多い。若松は一本ずつ真を立てて栽培したものを買うのだが、度)ずるい花屋だと一本ものでなくて、二三本は枝をまぜて活けてある店がある。一般にはちょっとわかりにくいのだが、なんとなく出来上がりがおかしいし、元日早々からごまかされているのも感じのよいものではないから御注意、というところ。青竹の花器に若松七本活けて水引のかかったのが金一、五00円也というのが一般の値段である。若松は1メーター程度の長さのものを一00本ぐくりにして花屋に入荷する。産地は鳥取県、千葉県地方の山地で栽培され11月下旬に切りとって、附近の部落で枝打ちして揃えたものを一束一束にまとめて水につけて水揚げする。その後全国に発送することになるのだが、京都などへ着荷するのは十二月初めで、荷造りのまま愈庫に横たおしにして保存され、年末まで水をのまさない、という莉習慣のようである。若松を水につけると葉がひらいて形が悪くなる、ということからきている。私達が生花材料に買のは年末25日すぎになるから、それまでは乾物のように倉庫に眠らされているわけである。とにかく切りとって私達の手に入るのは一か月後というのだから松というものは丈夫なものである。大体、新年にいける菊なども12月のはじめに切りとって、そのまま水に(七本で七百円程つけず、こも包みのまま産地の農業倉庫の冷蔵庫などに租み上げておき、一カ月程度は乾燥しておくのが普通、ということだから驚く。年末になっていよいよ売る時期になると、花屋の店でにおろして水揚げさせるというのがテクニックらしい。それで結構、活々として水揺げをするということだから、面売というものは中々面白いものであるさて、かど松にはいろいろな形式がある。一本の松を門口に打ちつけるような小型のものは一般的で、いわゆる家庭用なのだが、銀行会社や大庇店などの大きな松飾は、装飾店、花屋、それに北口から門松は出入りの植木屋や作事方が歳末のサービスに作ったものである。これらの門松にもいろいろな形式があって、下部のところを青竹でワク組みにしたもの、割り木で組んだもの、桶を黒もじで巻いたもの、白縄で三角型の容器を作ったもの、いろいろな型がある。松竹梅を組んで形を作るのが一般的だが、中には、青竹を中心に入れてそれにしめ飾りをつけ、足もとに若松を挿しこんだもの、老松、梅、熊笹などを配合して生花的に作ったもの、また、クリスマスの装飾と兼用に樅(もみ)の木をつけて日陰かづらで足もとを装飾したものなど、新しい形式では百貨店で見られるように、装飾造花や銀紙で意匠をほどこしたものなど、デコレーションの領分まで侵入した.. C21

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