テキスト1973
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(ア。ハ—卜生活が多い)に住み土といわれる所です。ソビエトでは、この八赤い>というのはロシャ語でクラスナャといいますが、これは八美しい>という意味であって、ソビエトの国旗が赤旗なのも、それは美しい夢と希望を託すシンボルカラーなのです。私達は今まで赤い国という様なことを口にしたが随分考え違いをしていたように思います。モスクワ川に沿った丘の上に、クレムリンの壮大な城墜が、ほぼ三角形にそびえていますが、その煉瓦の城壁の中には沢山の寺院や塔があって、又その眺めが索晴らしいのです。金色に輝く円塔はまるで中世の美しい建築を見ているようですし、日本の神社仏閣の建物とは、およそスケールが大きく、そして華麗でもあります。ソビエトの町々を歩いて感じたことは、昔のロシアの皇帝(ツアー)逹の残した費沢な建物の問に現代eに座って、人々の歩き方や服装を眺建築がまじっているわけですが、その古い歴史のものと、新しい現代のものとが、うまく自然ととけあっているのには驚きました。そういう意味でもロシアの国は、大変な犠牲と戦いの苦労が何度もくりかえされてこういう良い状態になったのだと思います。その町の中に住むソビエトの人々は大変明るくて素朴な人達でした。街角で私は二時間ほどベンチめていました。周囲にある十世紀から十九世紀の建物の中で、又新しい現代の様式の町の中での人々の服装は実に烈素でした。女の人は夏とはいえ、ストッキングをはいた人はほとんどなく、。フリントの花模様の夏服も生地は悪いし、ちょっと美しくて、しゃれているな、と思う人はアメリカ、図やなんかを持って歩いている旅行客なのでした。男の人の服装は女の人より彩りがなく、簡素な労働者の姿は清潔とはいえません。でもその表情は明る<、のびのびしていました。通りがかりの人々と煙草などを分けあいながら、直接聞いたところでは、男女とも週41時間働き一人当り平均して9平方メートルの住居地は国の所有であり、私の見た所では、どんどん新しいア。ハートが建築されているようでした。月収は一(五万一千八百円)位の人が多く、日本人の月収とくらべて低いが、社会保障が行きとどき、老齢年金も安定し、男女が平等で、その労働能力と関係なく支給されると判きました。また医療サービスはすべて無料で行なわれるし、身体障害者にも暖かい手がのべられているといいます。教育も授業料は無料で大学なんかでは、奨学金をもらっている学生も二0ループルから、一四0ルーブルヨーロッパの婦人で必ず地多いそうです。私が一番うらやましいと思ったのは、託児施設の完全なのがあり余っていることでした。女として働く以上、やはり一番気になることは子供の生活、将来のことでしょう。男女平等に老人まで楽しみながら働けるという、資本主義国から見れば夢みたいな話ですが、現在のソビエトには失業者は一人もいないそうです。労働の権利があるというより現実に産業経済の発展に労働力が追いつけないような現実ということらしい。短い労働時間の余瑕は質索ではあるが、心から楽しそうにダンスに打ち興じたりしています。ソビエトの人達は日本の国民とは迩った、もっと称烈な個袢と、たくましい生括能力、考え方をもっているような気がします。絵画、彫刻、建築にしても規校が大きくて堂々としています。日本とソビエトでは歴史の骨格が全く違うのでしょう。「ロシア人は行列を好む」といったのは、アンドレジイドだが、実際どこへ行っても、名所や娯楽施設や見せもののある所に並んで見物するのが好きなようです。街角にも、商店の中でも、ゆっくり自分の番のくるのを時間かまわず待っている姿が目につきます。またホテルの食堂、町のレストランでも料理を注文すると一時間は待たされます。だから、食事の時間が、たべ終わるまで二時A9 、レーニングランド夏の庭園華道展の開場を待つ人達10

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