テキスト1971
94/154

りランプのだから、おそらく二百年以上はへたをたてて巻き上る。廊下のすみに釣った照明具である。古いイギリス製のラン。フで、私の家へきてからでも四十年になるのものと思われる。石油を入れる油壷とホヤと木綿で作ったぶ厚い灯しんがついていたのだが、今は電球を使つて照明具に使っている。精巧な巻きあげ器が附属しており、軽くもちあげるとガラガラと音イギリスの古い民家にあったものらしく、金色のかなぐの色もさびて、昔風な家庭の歴史を物語っているように思える。戦争の末期に殊屋町の私の家も強制疎開という、今ではめずらしい名目のもとに、数日のうちに破壊されたが、そのころ古い家の玄関に釣つてあったこのランプを、こわさない様にと随分苦心したものだったが、転々と家をかわつて現在の宅にうつるまで、かなり長期の間をよくも無事にここまできたものと、電灯のスイッチを切つて、ばつと明るくかがやくときには、いつもそんなに思つのである。今日はこのランプの下に高卓をおき、渋い藍色の壷にあじさいの花を五本、花首を低くして挿した。黄土色の壁に色がよく調和して静かな落着きをみせている。壁にうつった陰影も効果的だし、写真としても面白い作品でないかと思う。私の二寸七、八オの頃だったと思う。そのころどうやら花道家らしい体裁ができた時分で、お弟子の数も段々とふえ、出稽古も大分いそがしくなつて来た折柄だったが、知人の紹介で東山区のさる家で十五人ほど習いたいという。但し月謝は最低線で頼みます、という条件つきだったのだが、とにかくこれも修行の一っと引受けて暫らく通いつづけたのだった。その家は大黒町松原という少し入りくんだごみごみした町だったが、その近くに一軒のみすぽらしい古道具屋があった。ときどき立ちどまつてながめるのだったが、ある日、通りがかったときその店の主人がこのイギリスラン。フを手入れしている。値段をきくと二十円だという。そのころ初任級のサラリーマンの月給が三十五円程度の時代だったので、これはかなり高価であったのだが、とにかく頂きましようと早速もつてきてもらつて、さて、これをどうしようと考えていると、まもなくさきほどの道具屋が再びやつてきて、折角だけれど買戻させて欲しいという。それ以上の好条件の売れ口がみつかったらしいのだが、とにかく適当に話をつけて、どうやら私の家におさまったラン。フである。その後、専門の知人がこれはイギリス製で形式も相当古い年代のものであるという。とにかくげてもの買いも中々面白いものだと、さとりをひらいた様な思いをした事だった。4 つ照. 明と花

元のページ  ../index.html#94

このブックを見る