テキスト1971
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生花は伝統のいけばなであるけれど、時代が変つてゆくにつれてその考え方にもうつり変りがあつて当然である。第一に活ける花の種類も範囲が広くなり、洋花といわれる外国種の材料も生花に使うことになり、花器も古い形式のものだけでは今日の室内装飾として調和しない。生花が―つの美術として価値を考えるのであったなれば、常にその作品の中に創造的な考え方が必要であるといえる。「伝統と現代の調和」というところに行きつくわけだが、古典的な形式の中に今日に活きる生花を作るにはどうすればよいかということを常に考えないと、日本のいけばなとして特殊な価値をもつ生花も、ついに存在を失うことになるだろう。しゃくやく(洋種)ふようの実ばらんチューリッ。フR白花のしゃくやくを七本、撮色の陶堺に活けた。花瓶が高いので花形を低めに作ってあるが、普通の花器でもしゃくやくの生花は高く活けないで、たっぷりとした葉が横はりに出ている副子が形がよく、牡丹しゃくやくの活け方は、この下築の茂みふくらみが、独街の調子といえる。背高く下葉の少ないのは牡丹しゃくやくの味わいがない。どつしりとした安定感と花の配列、葉のつかい方で形がきまる。R枯実というものは面白いものである。俳趣とでもいつたそんな感じの雅致がある。少し緑のある掲色の実に葉闇の葉を三枚添え、根じめにチューリッ。フの紅色の花2本。花器は淡い青色の変型の陶器である。生花としては変った取り合せだが、形も面白く色彩的にも美しい。盛花瓶花の感じへ踏みこんだような「自由生花」だが、生花もこんなもち味のものが作られると興趣が深くなると思う。⑪ c やまなし帯化柳(たいかやなぎ)つばき6 @ ⑧ R R 生貫花か

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