テキスト1971
116/154

.. .. 石川丈山(じようざん)と小泉八雲(やくも)江戸初期時代の同学者であり、八雲は明治中期に松江に住んで日本の風土を愛した文学者である。(八雲はイギリス人)それぞれ時代と環境が違つているのだが、学問と風雅を愛するという点で、全くよく似通ったところがある。京都と松江に住居を残して、そ専渓の住居のあともなんとなく相通じるところがあるのも、私逹、風雅をたのしむものにとつては、深いしたしみを感じるのである。(文と写真)有名な旧居を訪れることができたので、私の写真をそえて小文を書くことにした。。丈山は桃山末期より北郊一乗寺の山麓にある。京都の北山、東山一帯にかけては、大原から祇園、清水、南の東福寺稲荷山まで歴史の土地がつづいているのだが、石川丈山の詩仙堂は叡電一乗寺駅をおりて東ヘ一キロ、宮本武蔵血闘のこの邪から夏へかけてこの二つの石川丈山の旧紐詩仙堂は京都市の詩仙堂地という石棟のある十字路をさらに登ると、こんもりとした樹立ちの中に竹垣にひわだぶきの幽雅な門があつて、静寂な感じの一劃が詩仙堂である。最近、ここを訪れる人が多く、ことに若い人達に人気があるのか、いつも百人程度の参観者が押しかけている。戦前はことに静寂な災地であったし、詩仙堂の住職(お寺とは思えないのだが)石川さんから、たえず案内がきたものだったが、このごろはすつかり変つて、階上の嗚月楼へも登ることが禁止されている。それでも庭に而した広檬に座つて抹茶をいただくと、都塵を離れた心地がひとしお深く感じられて、こころの休ま京都詩仙堂歴史の中にあるすまいヽ・-✓ 10 石川丈山旧居s--r

元のページ  ../index.html#116

このブックを見る