テキスト1970
89/136

桑原専慶流今日は8月16日である。14日15日と一泊の東京旅行をして、咋夜帰ってきたのだが、今日はお盆の16日で京都釆山如意岳に大文字の送り火がつく。近頃は八月といつても固芸の花がいろいろあって、いけばなの材料にも不自由しない様になった。目然に咲く八月の花というと、種類も少なく八月の特徴のある花もほとんど少ない。美しい花を考えるよりも葉や実のものを集めて活けるのも盛夏のいけばなの工夫であり、季節感のあるいけばなを作ることができるのではないかと、写真のような花のない実ものと枯花、葉ものを三種あっめて瓶花を作った。(食虫聞)の枯花は褐色、紫閾の葉には丈がついていたが、とりさつて菜だけを使うことにした。辿の実は緑のものを3本。この三種を黒い花瓶に入れてみると、花のある材料をつかうよりも、それ以上の美しさと、面白い感じの花が出来た。夏より秋へかけては、実つきの草木が多くいろいろな形のものがあるので、それを材料として活けると画白いいけばなが作れる。特に注意したいことは、木の実や草の実は自然の材料であり手節悠の深いものであるから、ただ自然の風雅を味わうといった意味になりやすく、新しい創作的な作品という克になると、意欲のない平凡なものが多く、実や葉によつて新鮮な感じを出す作品が案外少ない。この日、実と菜で作った瓶花と盛花を2作、写真にとった。ここにかかげたものと、今―つは「辿の実と在"北」「リーガルリリーの枯火」を配合した盛花のある。リーガルリリーの作品は、最近での私の好きな写真が出米たので、特に保存してよき機会に発表しようと息つている。辿は仏教に関係の深い花として、過去、現在、未来の三世を象徴するなどといわれるが、これを新しい視野からみると、超越した新しい形を発見することが出来るものである。これを見る人によっては古い宗教的な花にみえ、また反対にモダンな形を発見することにもなる。ネ。ヘンセス2作で8月の花桑原専深毎月1回発行No. 87 編集発行京都市中京区六角通烏丸西入桑原専慶流家元いけばな1970年9月発行一

元のページ  ../index.html#89

このブックを見る