テキスト1970
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寸渓市‘“ あるに迩いない。そのためには人よ趣味としてものを押うことは楽しいことである。逆にいえばそれを楽しむために習うのが普通、といえるだろう。これがいわゆる索人(しろうと)の程度であるし、趣味の程度がしろうとのよさ、でもある。しかし、ものを習う以上は上手になりたい、完全な技術を身につけたいと願うのも、訛れもが迫むことでりも誰れよりも努力をせねばならない、ということも当然である。すでにお弟子の範囲を越えて教授者となり教える立場になったならば、すでに楽しむ範囲を超越して、自分の技術の足りなさと、いけばなに対する知識の貧しさに、深い反省を党えることになる。これは誰れしも一度は踏み越えねばならない段附といえる。これとは別の立場、ものを留う立場のままに数十年に及んでも、なお習うことを楽しみとして、その道の最上の模地を得るために努力する人、いつまでも弟子の立場を楽しむ人に10年も20年も、さらもある。趣味として‘―つの道に一生をかける人もあるものである。さる5月31日、京都観枇会館において、私は狂言茂山千作先生の弟子として、この道の最高の習いごと、「三番三」さんばそう、のおひらきをさせていただいた。実にむつかしいものであるだけにその稽古中から舞台終了まで、いろいろな教訓を得たのだったが、これは趣味の範囲を越えた、恐らく苦しみといえるほどの桔古の連続だったので、その間をふりかえつてみて、深い感銘をうけたことだった。三番三は、能の「翁」の中の一節で(狂言方」の演ずる舞なので、祝典の式楽として随一のものである。それだけに狂言二百番の中の最高の作品であり、門弟の身分としては中々上甑を許されないものなのだが、幸せにも、私は特に許されて観枇会館の舞台で舞わせていただいた次第であった。茂山先生の門下の中でも過去数十年のうちに出演を許されたものは数人に過ぎないとのことで、事実、それに値するむつかしいものである。幸にして、どうにかボロも出さず随分あやういところもあったが、前部「もみの段」後部「鈴の段」の二部を約30分で済ませることができたのだった。さて、これについて、その桔古のむづかしさと、体力的な限界についてその間にいろいろ感ずるところがあったが、本来、能楽人でない私が趣味を超越して、この様な体験をしてさて、私のいけばなにもこんな勉強が転移して、益するところがあるのかと、欲ふかくもこんな点にも考えを及ほしている次第である。私は、九オのときから能の舞と講の桔古をさせられた。父の趣味の押しつけだったのかも知れないが、父も狂言をある期間、茶道の仲間とともに羽1つておったこともあり、友人を集めて家で楽焼の窯を作ったり、藤原某という和歌の先生についたりして、花道の本業のほかに中々の風流人であった。そんな関係もあって、私も子供のときから現在に至るまで、三十年近くも罰を習い卯を習い、最後に狂言の憔界に入ってから、すでに12年になる。父も趣味の人だったが、私も同じようにいろいろな方而の皿ねぶりばかりをつづけて今Hまで、索人の楽しみとして、だらだら、えんえんとしてつづいているといった次第である。さて、永い期間に能の世界を見てただ楽しみに終つているのかというと、決してそうではない。私はこの永い期間にこの古典芸術の研究から実に大きい必動を得たものである。そして、この慇動と、茜泣収はやがて形を変えて私のいけばなの中に滲透してきたのだった。もちろん、能といけばなとは直接の閲係はない。―つは舞台芸術であり、一っは花の造形美術である。皆さんもご承知の様に、私どもの流儀の花は、気品の高い格調をもつことを常に考えて作品を作る。いけばなの中には伝統の形式もあり、現代の作品もある。いろいろの花のいけ方があっても、その中に通じて流れているのは、高い格調、品格の高さである。私の個人的な考え力を流の方針と結びつけることは、そこに問屈があると思うのだが、私の個人としてのいけばなに対する考え方は、以上の様にn本の伝統芸術の粕粋を目分の流儀の中に供えたい。そのための述礎的な勉強は、伝統芸術の最も野敬することのできる「能楽」の研究に及ぶものはない、という私の信念がこの長期にわたる「能狂言の研究」ということになったのである。私のこの様な考え方は、或は誤りであるかも知れない。事夫、私自身さえも、この長い期間のうちに反省した時期が幾度となくあった。第一回目は附和のはじめ頃であったと思う。そのころ漸く台頭しかけた新しい芸術について、注目をした私は、あまりにも深入りした伝統芸術から、視野をかえて洋画の研究に(次。ヘージヘ)9-――― 胃“J -' -~' 、,ものを習い完成させるむつかしさ,ということは,どの道も同じである。いけばなの場合でも一つの作品を完全に作りあげることは容易ではない。その道程は多くの場合趣味を超越することがある。完成のむつかしさ11 ••••

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