テキスト1970
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が、高さ4メーター・横5メーターほどの大作でした。この作品は私としては充分自信のある作品であり、会場でも大変な好評を得たわけです。作意はインド・、りの人跡未踏の山岳にある断崖を想像して、その岩石の推積や地層の変化を造形作品として作り上げたのですが、土と石と陶土と焼石の変化のある色彩の中に、特に色彩的に考えて群青色の陶盤を加えることにしました。この陶盤は特に宇野仁松氏に頼んで、楕円形の陶器で大きもの、少し小さいもの二つを作らせました。―つは60センチ程度‘―つは90センチ程度のどつしりとした陶器でした、トルコ青の美しい色彩のものです。9ページの写真の中で右方の上部にみえる(桃のたねの形の陶器)がこれですが、これが60センチ程度の大きさの陶盤なのです。(Bの花器)さて、名古屋への出品には10名ほどの若い男達をつれて行きましたが大部分の作品の部分はトラックで発送したものの、特に危険性のある陶盤は充分包装に注意して、若い人達に持たせて行ったのです。私は会場へ先発して若い連中の到着するのを待っていたのですが、漸やく会場へ到着した連中が、いずれも変な顔をして態度がおかしいのです。どうしたのかときいてみますと、陶盤が途中で割れたというのです。私の作品の中心となる大切な陶盤ですから、それをきいたとき私はたた唖然として言葉もありませんでした。段々ききますと名古屋駅で肩にかついだ荷物の重さにたえかねて、チベットあたフォームのコンクリートの上へどんと落したというのです。包装をほどいて見ると、仁松氏が苦心して作ってくれた陶盤のうちの大作の方が数箇に割れて、ガラガラと音を立てているのです。たのですが、それをながめながら、しばらくして、新しい着想が浮んだのです。自分で完全なものを割る勇気はないけれど、目の前に見る陶盤の破片は、小さい部分に散りばめることができるし、或はまとまったものよりも、作品の部分に面白い変化を作ることができる、と新しい確信をもったのです。青くなっていた連中に、心配するな、これでいいんだとこちらから慰さめて、とにかく会場へ行きました。作品(秘蹟)の最上部に低く並んでいるのが、その割れた部分の陶盤です。あやまちは、この作品の色彩の配置に大変自由な用い方をすることができたことになり、作者の私にとつて幸せであったわけです。「割れた花器が幸せをもたらす」などということは普通には考えられないことですがまことに偶然は思いがけない結果を生むこともあるものです。(専渓)それを見た私はさすがにはっとし9ページに掲載の結果的にいいますと、この偶然の0

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