テキスト1969
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この川は三尺ほどの小川だが、さらさらと勢いよく水が流れて、川底の小石が手にとる様にあざやかにみえる。岸のくさむらにそうて「こうほね」の葉が群つて濃い緑のさといもに似た葉が、ひとむらひとむらと、とぎれるかとみえるとまた群がつて、流れにそうてつづいている。小さくまるい河骨の花は、あざやかな黄色の花を、葉の群りの中に点々と咲かせて、葉よりも越えて高く咲き、あるいは葉の茂みの中に沈んだ色をみせている。河合専渓この川はやがて琵琶湖にそそぐ潅漑用の水路なのだが、かなり強い初夏の陽の中に、あたりはひつそりとして河骨の花をゆれ動かせる水の音だけが、さらさらときこえてくる。河骨の金鈴ふるふ流れ哉茅舎金鈴ふるふ、とはまことに実感をよくったえた言葉だが、金色に似た黄花の河骨が流れに動く姿は、この季節の自然の情緒であろう。流れにうかぶこの水の花、四月半ばよりかきつばた、花菖蒲、すいれん、こうほねと水草の花が咲きはじめ、やがて夏の季節へとつづいてゆく。河骨は川骨(せんこつ)骨蓬(ほねよもぎ)碑蓬草(ひようほうそう)などと呼ばれて川に咲く水草なのだが、あの柔らかい草花がなぜ骨などという、およそ風雅に遠い名前なのだろうとしらべてみると、根茎がはなはだ太く、横臥して水上に露出する姿は、白骨を思わせるし、また川に多い草花である、と辞苑に記してある。水底に光ゆれつつ河骨の紅き巻葉に魚の寄る見ゆ水底の小石まで光にゆれるこの小川に河骨の黄色が咲く。まことに静かな詩情である。すいれん、河骨、蓮などの水草、庭の芙蓉の花などは切りとつて、いけばなに活けるよりも、自然の河沼に咲く姿、庭に咲くそのままの姿が、いちばん美しいそのものの姿でないかと思われる。花の中にはこんな感じの花があるものである。庭においてながめるほうが美しい、また反対に切りとつて活けたほうが美しく感じられるといった場合もある。例えば、植(むくげ)のように、たけ短かくかけ花に活けた姿は、庭にあるよりもその花の姿をつくづくとみることができると思うし、きも一輪きりとつて小さい花瓶に挿してながめたとき、その真実の美しこ。t ここに掲載した生花の固は、私のさがわかる様な気持ちがする。これは花を活ける私の勝手な考え方かも知れない。さて、河骨のお話をつづけてみましよう。水底の光ゆれつつ河骨の、という歌にあるように、流れ川に点々と咲く黄花のこうぼねが、いちばんこうほねらしい情趣だと思うのだが、池畔にぎつしりと押しつまった様に、池一面に群るこほねはすさまじい感じがして雅趣に乏しい様に感じられるものである。信夫最近、こうほねを活けることが少なくなったが、私どもの勉強時代は、初夏から夏にかけて河骨と蓮の研究会がたびたび行なわれたものであった。主として生花に活けたのだが、河骨の立花や蓮の立花なども幾度となく活けたものであった。いけばなの中の夏の景物といった感じで、夏の花の代表的な花材となつておつ挿花とその写生図で、これは昭和10年頃の作品図である。このころは夏の水草の水揚研究会の盛んなころで、この作品も少しかたくるしい感じだと思うが、生花の着色木版図としては珍らしいものと思っている。椿の大輪咲古い荘重な感じの絵図をつくるために木版刷りとし「六月拾日挿調」などと古風な文字を入れているのだが、河骨のお話の出たついでに、古い絵をとり出してご覧をいただくことにした。花器は古肯銅のうすばた、花台は朱塗りの春日卓(かすがしよく)である。河骨は水揚げの悪いものであるから必ず適宜な水揚げをして、その後いけることにする。材料は葉色の濃い緑の質の硬いこうほねを選ぶようにする。砂まじりの水辺に出生するものがよい。深い泥池のものはよくない。朝夕の冷涼の時間に切りとり、花と巻葉は水揚げは不必要だが、ひらき葉は別記のような水揚薬を切りロより、水揚器(注水器)にて注入する。葉先まで液のゆきわたる様に静かに注ぎ入れる。水揚液を注入したものは、花、巻葉、ひらき葉とも、いずれも茎にはりがねをさし入れて、しつかりと倒れないようにする。(はりがねの尖端に小量の綿を巻きさし入れる)これで準備が出来上ったことになり、生花にも盛花瓶花にもこれを使うことになる。以上の処置をすると三日間は完全に保つ。(水揚液)ー数字は分量比ーよもぎ(4)おおばこ(4)せきしよう(1)みようばん(麟)かんしよう(麟)以上を水一升にて煮沸し、濃い液汁をとり、使用の際はうすめて注水する、この原液は数年間保存がきく。[m骨. ... f,なが苔―~A·9,4 画ほ目ね

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