テキスト1969
134/147

季節である。季節とともに姿をかえてゆく植物は、自然の樹木も栽培の花も11月に入ると、冬への準備をはじめて一日一日と姿をかえる。私達のいけばなには豊かな10月の秋よりも、晩秋のこの季節こそ変化の多い、豊かな趣味の花を活けることのできる季節である。このテキストの写真にあるように山の実つきの木はいよいよ色を増し雅致のある姿をみせるし、草の実にも面白い形のものが多い。木の紅葉、草の葉の紅葉、園芸栽培の草花でも下葉が黄いろく紅くそめ色をして、自然の雅趣をしみじみと感じることが多い。このごろは四季に咲く菊が多くなったが、ことに晩秋の菊は茎も硬くなり葉色も黒々とした緑に、花の色も形にも、深々とした味わいを感じるものである。菊の葉の紅葉を選んで、一本二本と小品花に入れるのもこの季節の情緒である。豊かな10月の菊は中輪の二輪つきよりも、一輪の大輪咲きのほうが好ましい。このごろは菊も見なれてその季節感が混雑してきたが、戦前の園芸が11月は秋より冬へのうつり変りのまだ昔ながらの季節感をまもつていた頃は、が出はじめる様になると、この初咲きの大輪菊を手にとつて、その香りを楽しんだものだった。そのころ一番に入ってくる大輪菊は東江州で栽培される白菊で、商買名で江州白という種類だったが、これは葉が硬くて水揚げが悪く、すぐ萎れるのだが、ただ早い秋を感じるその感触を楽しんだものであった。このごろ、菊は水揚げもよくなり萎れる様な菊はほとんどなくなり、日持ちもよくなり、それだけに、秋菊に対する感動もなくなり、平凡な花になり下ったように思えるのである。品質がよくなつて価値がさがつた、というのが現状ではなかろうか。私は平素なるべく菊を活けないように考えている。変ないい方かもしれないが、それには理由のあることで、たとえば、あまりにみなれた菊の花は新鮮な感じが薄く、花の形、葉の形も温和で平凡であること。したがつて稽古に使う花材でも、つとめて菊をさけるようにする。それ程にしても、菊を活けることが多くなるのだが、特にそのうちに大輪咲きの花も葉もすぐれたもの、花の品種の変ったもの、色の珍らしいもの、単弁の変った花の菊、そんなものが見あたった時だけ、選んで活けるようにしている。9月に入って秋菊の早咲き3本よりも1本でもよいから品種品質のよいものを選択する。二輪つきの菊は色の変ったもの、単弁のものだけを好んで使うようにしている。したがつて、11月に入って菊の変調な花が咲き出すと、活けようかと心が動き出す次第なのである。単弁の山菊の類は晩秋になつてから、よいものが見られる様になる。小菊山菊は初花の頃よりも花の咲き揃ったのが美しいし趣味が深い。紅山菊、褐色の渋い色の山菊など、ことに情趣があると思う。した葉の紅葉しはじめる11月のすえには、菊の最も美しい季節だと思うのである。寒菊の紅葉、紅寒菊の深い葉色、手にとつてみると冷え冷えとして、ひとしお初冬を感じるのだが、茎も硬くなった終りの頃を迎えると、花の色も深い落着きをみせて、光琳の絵の野路菊にあるような渋い色彩を感じさせる。野菊のわびしい紫の花、高くのびて咲くシロヤマギクは、霧の流れる山路に静かに咲く。貴船菊には白花紅花の二種があって、これは白花のほうが品格がよい。池賀県の石山寺の庭に咲く貴船菊はことに美しい。嵯峨菊、伊勢菊、肥後菊など、趣味の園芸品種であって、風雅な趣きがあり、例えば浮世絵の古典的な味わい、そんな趣味の花である。(写真すすきダリア)菊雑話10

元のページ  ../index.html#134

このブックを見る