テキスト1968
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かJ33祇園祭の期間に入ると私の家の前に、浄妙山という山鉾が立つ。豪華絢爛たる祇園祭はなんといつても山鉾巡行が中心であるから、全国から集る観光客のためにはまことに美しい、香り豊かなお祭に違いないが、十日からこの山鉾を建て十六日の宵山から十七日の巡行まで、山鉾を出す町内は大変なことである。お祭を楽しむなどという考え方は全然通用しないし、自分の家へお客を招待する昔風な考え方も全然だめである。世話役当事者である全町内が全くお祭りへの奉仕で、むづかしく煩わしいことが多すぎるという訳である。祇園祭が近づくと、また祇園祭だな、といった感じで眉をひそめるといった調子なのが、ほんとうのこころもちなのである。京都市観光協会理事という役目をもつている私でさえ、こんな調子であるから、全くもつて問題が時々起るのも当然と思つのである。.. のさて、今日は十六日の宵山(前夜祭)だが、朝から諜雨が降りつづけて肌寒い天候である。いつも七月に入ると庭の祇園まもりという木椛(むくげ)が咲き始めるのだが、今年は気候の不順のためか、まだ初花も咲かないし青いつほみさえも数少い。祇園祭の茶事の花として、この花が喜ばれるのだが、今年はほとんど駄目で、これは私の家のむくげだけではなく、近くの池坊家元にあるものも同じ様に咲いておらない様だし、付近の六角会館の庭のものも同じ調子ですと、近くの花屋の番頭さんの話である。例年、祭の日の早朝に知人の某氏がきまった様にやつてきて、私の家の祇園まもりを貨つて行くのだが、今年はどうやら駄目らしい。七十オぐらいの男の茶人だが、淋のきものを若て、青竹で作った通い筒に水を入れて、むくげの花きずつかない様に軽くそつと挿して持つて帰られる姿は、いかにも茶人らしいのどかさと、風雅さだなと、玄関に送り出しながら思うのだが、伝統の祭には伝統の風雅も共に寄りそうて、祇園祭の私の家の行事をつくり出しているのである。テレビを見て楽しく思うのは、熱帯地方の報道写真である。アフリカ奥地や南米地方の動物の生態などを写したものが、ときどき放送される。その写真の中に野生の花が咲いている風景をみかけるのだが、アマゾンの紫花のすいれん、砂漠地帯のサボテンの花私達のいう蘭科の花が野生で咲く風景など、この上もなく楽しいし、その花の生育している場所を見ることができて、中々勉強になる。プーゲンベリア、シベラス、サラセニアなどの類は、温室園芸と息つている私逹に、野生で群つて咲く姿を見せてもらえるのは、この上もない輿味であり、勉強になる。話はかわるが、放送の対談などの中で面口い話をきくことがある。娯楽放送である相撲や野球放送の中でも、解説者の言棠に味い深い言葉をきくことがある。先日、将棋大山名人の相撲観戦の対談をきいたが、そのとき、「自分の将棋でも、偶然のある機会に珍らしくよい手法を考えつくことがある。こんな場合、これをすぐ使うのではなくて、心の中に貯蓄しておいて、いつかの場合に必要に応じて使うことにしている。つまり、私の心の中には、こんな蓄租がいくつかあるということで、相撲も同じことがいえるのではないか」こんな話があった。大変面白いお話なので覚えているのだが、こ洋蘭とれはどの道にでも通じることで、私どもの花道でも、自然の植物や景色を見て感動し、また多くの美術作品やひろく芸術を鑑賞して、その美しさに感動するその心を、自分の胸底に深くしまつておいてさて自分のいけばなを作るとき、いつか見たあの美しさを、あの時の感動を、いけばなという形におきかえて新しい姿につくり出す、といったことも可能であり、必要なことであると思う私がときどき繰返していう言葉がある。「いけばなの花の使い様は、奥行きのある様に、深みのある様に仙うこと。五本の花は三本に見えるほど、二本は深く挿して、沈み、控に用いる様に。こんな考え方で花を使うとそのいけ花は重厚に見え、品格の高いいけ花が作れる。な言葉であるが、五本の花のうち三本は実であり、二本は虚である。いう意味をもつのだが、ここでは幽かに静もる深さを意味する。ニ本の花は、無駄にかくれる様に思えるが、これは、表に出る三本を引き立てるために大きい力を添えることになり、あわせて、このいけばなの品格を作ることになる。」のだが、深く深く花を使い、また枝も葉も深く入れる様に。また、前へ強く出し、前後の奥行を深くすると、自然に花形もよくなり、いけ花の品格を増すことになる。花でも、どの楊合でも同じ様に考えて誤りはない。いえるつつしむ人、浅い経験を派手にもち出す人、そこに人間の品格の相違が生れることになるのではない虚実という言葉がある。伝統的「虚」という字は「むなしい」と「虚」はむなしい意ではなくて、大体、こんな意味のことを話す伝統的ないけ花でも新しいいけこれは人の性格でも同じことが深い知識を蓄えて行動を専)虚実。(12

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