テキスト1968
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写真をみながら読んで欲しい。まずその前に、花道家がなぜ植物のいけばなからはずれて、こんなコンクリートの造形を作るのか、という疑問もあるだろうから、それからお話をはじめてみましよう。いけばなは装飾美術であることは今更いうまでもない。室内装飾の花の芸術として数百年の歴史をもつているのだが、これは、床の間の時代から今日の鉄筋コンクリートの建造物に変つて来た現在まで、いけばなの形式、材料、花既、いけばなの技術も大きい変化をうつり変つていることも当然、理解できることである。いけばなは植物を材料として作る造形美術であるということは諒解できるが、一方に装飾的な役目をもつて生れていることも理解できることである。装飾的といえば、これは室内に限られるものであるかといえば、今日の常識では、室内も室外も装飾の場所として区切られるものではなく、いけばな作品が室外に装飾されることも当然、これを作るものとして考えねばならぬことも当然といえよう。いけばなは昔から植物のいろいろな姿を花瓶に入れて室内装飾としたが、その作品には花材を組み合せたり、さらに巨大な樹木を切り、釘づけをして作る技術が多くある。立花などの技術には必ずといつてよい程切り打ちけずる技術がともなっている。つまり植物を材料として作る彫刻的な考え方や技法が殊に多い。これは最近はじまったことではなく、数百年以前より伝った技法である。もつとひろびろとした自由な、創造的な形を作ったならば、必ず今日の装飾美術として新しい分野が凋かれるに辿いない。その室内も洋風大建築の広大な場所に飾る作品であつてもよい。また、更に室外でも、その作品が調和する性質と、適切な場所があれば最初から室外作品として作るのも、よいことに違いない。くると、その作品を作る索材を考えることになる。例えば庭闊に装飾する造形作品とする。風雨にたえ得る堅牢な材料によって作る必要があるし、花道家の考案技術も改めて室外造形の作品について研究をすすめられることになる。ここにおいて花迅家が新しい造形美術家として再出発することになるのだが、本来は植物を材料として出発した私逹花逆家も、その与えられた新しい場所に調和する作品を作るときに、これまでの植物材料だけでは、新しい感覚のある作品を作るには充分でないと、ここで植物以外の材料を索材に使って、思うままの造形作品を作ること若し、この伝統の技法を使って、装飾する場所も室内でもよいし、さて、ここまで考え方が発展してになった。いけ花作家の考え方が、その技術がこの様に進展してくると、これはいけ花という言葉の定義(ていぎーーー理論的な本当の意義)から、はずれることになる。したがつて、この傾向の立体作品は、花蜀家の作る立体造形であって、純粋な意味のいけばなではない、考えるのが正しいと考えている。いけばなはあくまで植物を材料として作る作品であると考えたい。(つづく)この作品は京都市宇多野ユースホステルに寄附しました。玄関前庭にすえられた作品は環境とよく調和して、宿泊の青年旅行者によき慰めとなることと思います。この傾向の立体造形は芝生と緑の樹木にかこまれた、こんな環境こそ一ばん適切な場所を得たものといえますし、作品も一段と効果を上げます。コンクリート造りの作品ですから風雨にもたえられるし、かなり長期にわたつて保存せられることと息います。洋式庭園に装飾する人俊彫刻にかわる新しい作品ということになります。作品題名「海渕」かいえん、は深海の底にある渕という意味で、そこにはこの様な怪異な魚もすむだろうという作者のイメージを作品にあらわしたものです。11 (宇多野ユースホステルの前庭に)この作品は京都市へ寄贈会場に陳列された作品このおばさま,なにで作つてあるのだろうと作品をたたいて音をきいていると

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