テキスト1968
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。}-突Jしこ^中国のいけばなに関するもっともすぐれた論著は、おそらく哀中郎の筆になる「瓶史」であろう。他に十九世紀初めの沈復も「浮生六記」の中で立派な構図に似せて花を活ける術を述べている。文中に今日の「けんざん」のようなものの作り方を教えている。衰中郎は十六世紀末の人ですぐれた文人である。彼は「瓶史」の序文でこう述べている。『幸いにして花竹山水は、名聞権勢の外にある。名聞権勢を追う人々は、そのためうき身をやっし、花竹山水を観賞する暇がない。」と自然の美を忘れた人々に反省を求めている。そしていけばなというものに対中国人といけばな桑原隆吉しては『いけばなの楽しみというものはせいぜい都会生活者のための自然の美の一時的な代用物にすぎず、それだけに終つて江湖の大自然を楽しむという、より大きな態度を忘れてはならない』とものべている。われわれのいけばな観からすれば異論はあるが、彼はさらに『書斉の装飾として花をおくには慎重な態度を要する。種類に頓着なくやたらに花をおくよりは、全然花をおかぬ方がましだ。』と教え、いけばなに使用する色々な型の青銅器や陶器の花瓶の説明に及んでいる。部屋の大きさや部屋の用途に合せて花器を選ぶようにという。『花瓶に花をいけるには、あまりごてごてしすぎてはいけないが、少なすぎてもよくない。いける花は多くても二三種にとどめ、高低のつりあい、配置のしかたなど名画のようでなくてはならない。花瓶をならベるには、対(つい)にしたりして余りかたくるしい置き方はよくない。花の清楚な美しさは自由奔放な蘇束波の名文のように、又研句にとらわれぬ李太白の詩のように自然にそなわった姿にある。ただ単に枝葉のつりあいがとれ、紅白がまじつているだけでどうしていけばなと言えようか。それだけのものであれば田舎役人の家の庭か石だたみの墓道のような感じがする。枝をえらんで切りとる時はほつそりしたしなやかなものをえらぶがよく、あまりこみすぎた枝をとりあわせてはならない。一瓶につける花はせいぜい二種にとどめ、二種の花が同じ枝から出ているように見せるとりあわせをしなければならない。花器の高さ、口の広さに応じて花の高さを考える。』これは基礎的な考え方ではあるが、今日の日本のいけばなの技術や考え方は、当時の中国のものより格段に進んでいる。中国人の考え方の中に、花の格というものを思いついているのは面白い。そこから格調の高い花にはそれにつりあう花器という考えが生れてくる。そして自然を尊び自然を第一に考える中国人はその草木の自然の姿をうしなうような花のいけ方をしてはならないともいう。次に書斎におく花については、細かい心づかいを求めている。簡素で幽雅な環境をうつ。欲する中国の学者、文人達は余り派手な飾りつけは好まなかったらしいが、かと言つて日本の茶花のようなものを愛したのでもなかったと思花をめで味わうについてこう述べている。『茶をのみつつ花を賞するのが上、人と語りつつ花を賞するのが中、洒と共にするのは下。謹々しく動いたり、つまらぬ無駄口をきいたりするのは花の魂をけがすものである。』と以下細かに観賞態度や環境を注意しているが自然の中に咲いている花といけばなとを混同して考えているような所がありいけばなを未だ絵画や詩のような独立した芸術と考えるに至つてない。だが中国人の自然観、自分の教養人格を高めて自然のもつ美をより多くくみとろうとする心がけは私達の最も必要とする所である。日本のいけばなとちがった考え方は、花の香を先ず問題にしている点であろう。香の悪いもの、例えば女郎花を敗醤といつてこの花の香をきらって使わない。色や型を二番目にしてるような節もある。蘭やジャスミン、ライラックの類(まつりか等)の香のよい花のよく育った中国ではそうした花の好み方もごく当然だったのであろう。生活の楽しみを第一に考える中国人は、菊に晩秋の蟹の味を思い起させるらしい。「花よりだんご」などとはいうが、日本人の感じ方とは又大変距たりがある。花として最も愛されたのはおそら<梅であろう。梅に幽遼な詩を求め牡丹に豊かな幸福を見ている。衰は更に花のとり合わせを説明している。『或る種の花を花瓶に入れると他の花のあしらい、すなわち「侍女」としてよく調和し女主人を一層ひきたてる。とりあわせとして梅に椿、海棠にリンゴの花とまつりか、牡丹に肉桂色のバラ、芍薬にはケシとひまわり、柘梱には百日紅と木様、蓮には白い玉かんざし、もくせいには芙蓉、菊には秋海棠、猟梅(ろうばい)には水仙がよい。』そしてそれぞれのとり合わせの花を史上有名な侍女の姿にたとえている。花のいけ方としては沈復が菊のいけ方として枝の切りだめ、花のえらび方、配置から「けんざん」らしきものの作り方迄書いているので紹介してみよう。『碗又は大皿を用いる場合に花を支えるには精製松脂に楡の樹皮とウドン粉とを油にまぜ膠状になるまで熱いワラ灰で熱し、それで銅の板に何本かの釘を逆さにつける。次にこの銅板を熱して大皿の底にはりつけ、さめた所で花をつきさしてきれいな砂を入れて銅板をかくしてしまう。』と中々芸がこまかい。今回は中国人のいけばな観を断片的に説明してみたが、次号も又何か書かせて頂きます。どうかよろしく&かかj... 塵,... ‘‘~ ~ 更●隈し^`! i •• ,-_;. --:.::::: シ--.,.,.;.··(桑原冨春軒)日本の民家にある土蔵は.その構成の中に美しさがある。ことに屋根.窓などは堅牢な中に建築の美術を織りこんでいる。,. -~ こ11 一―-―-—J•

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