テキスト1964
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寒ざくらは11月に入ると咲きはじめる。花は淡紅色又は白色であって花季が非常に早く、初冬に咲き二月には満開となるので、寒ざくらと云う名がある。この瓶花は11月初旬に活けた花だが、晩秋らしい感じの深い花である。11月に入ると花材もすつかり変つて草木の紅葉、実つきものの類が風雅な姿を見せてくれる。菊の紅葉、早咲きのつばき、水仙の早咲き、寒ざくらなど、殊に好ましい材料である。寒桜には、黄菊、紅菊、つばき、など調和のよい取合せだが、また、私の写生帖から寒桜(かんざくら)秋海棠(しゅうかいどう)この図の様に、秋海棠をつけるのも中々いいものである。花器は淡青磁の花瓶で、この瓶花は全く静かな惑じの花である。花型は自由な形に作ってあるが、ひつそりと温和な形にまとめて、根じめの秋海棠をやや大きく使って、これで調子を作り出している。副の方へ出した秋海棠の花。これでこの瓶花の全体の花型が作れている。右方はがらんとして、すいているが、この調子が面白いと思っている。簡単な瓶花だが案外、すつきりとした調子だと思っている。型にはまらない雅趣の深い花。どこか一調子はずれた様な中に、まとまりをもつ花。そんな瓶花である。1ー専渓2これは壁の中釘にかけた「向うがけ」の籠に挿した秋草3種の投入れである。「ふうせんかづら」は蔓性の細く柔かい草で名の如く淡い緑色の袋がついている。ほととぎすの褐色と白花の秋海棠を交挿(こうそう)した、かけ花としては大ぶりの花である°秋草は細く柔かく、静かな野趣の深い花ーーそれが個性であり、九月より十月へかけては。こんな趣味の花が多くあり、秋を代表する―つの姿、もち味とも云える。さて、こんな種類の花材は花屋には殆ど少ない°寒桜やほととぎすはほととぎす秋海棠ふうせんかづらあるが、柔い秋草の類、殊に風雅な趣味の深い花は花屋の店先では見つからない。夏の花、冬の花にしても特殊な花は、趣味の栽培の花であって、これは商品の花ではない。私達がこんな花を活けたい時は、自分で栽培するか、知人の花を頂くこととする。水々しく切りたての花でないと、こんないけばなは作れるものではない°茶席の花もこれと同じ心である。新鮮な露ある花、うるおいのある花、こんな花は普通に云うーー外見のきれいな花とは、別の趣味のものであって、一輪のつぼみ、一枚の葉をながめて詩を感じる様な静かな心の花でもある。おけいこのたびごとに見る花。その名をよく覚えることである。品種品名を知ると云う以外に、その花をみつめ、その名を考えて見ると、そのやさしい呼び名、詩的な名、その花の姿と名を対照して考えて見るとよくも名附けたりと思うものもあるし、花そのものがいよいよ美しく見え、味わいを深くする場合が多い。いけばなの形のよしあしにだけ心を使っていると、花の風雅さや、やさしさには、気づかないことが多い。殊に日本の木や草花の名には、美しい名のものが多く、実に楽しい。さんきらい(山帰来)はさるとびいばら(猿飛いばら)とも云つて、山のくさむらに生えるいばらであるが、猿飛とは実に面白い呼び名である。(寒桜)は二字の漢字でその季節とわびしさをあらわしており、(ほととぎす)の渋い花色、(風船かづら)のふわりふわりと風にゆれる姿°朝顔、昼顔、夕顔の時間をあらわす呼び名。(おみなえし)(おとこえし)の情緒。(ささりんどう)の苦味と花の静かな青色。(つる紫)(あつもり草)(能谷草)(紫式部)(狸々袴)など、古典的な名の花も数々ある。この様な美しい詩的な、文学的な6 花の名I 2

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