テキスト1964
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きIさる六月二十二日の夜、文団懇は京都会館で「伝統と現代」をテーマとして、芸術懇談会を開催した。ゲストには京都大学教授上野照夫氏を招ぎ、光田作治氏の司会で、桑原専渓(華道)春日井秀雄(エ芸)権藤芳一(伝統芸能)市村司(美術)国崎望久太郎(短歌)工藤きみ子(小説)野村順一(評論)の諸氏が、それぞれ専門の立場から意見発表があった。私は傍聴者の一人としていろいろ教えられるところがあった。伝統と現代高阪盛太郎(京都会館長)伝統とは何であろうか°伝統とはただ遠い過去の古いものではなく、その古いものが現代の人間に何かを与えてくれるものでなければならない。現代の人間を抜ぎにしては、伝統は考えられない。ここに古代の彫刻がある。それは黙つて私たちの前に立つている。しかしその中には、ほりおこせばいくらでも私たちの血となり肉となるものを内蔵している。それをほりおこすのは、私たち現代人である。私たち現代人は、私たちの祖先が残しておいてくれたものをうけつぎ、守るだけでよいだろうか°伝統はただ継承し、保存するだけでなく、それを桑原専淫作立花かみくだぎ、栄養をとつて、新らしいものを創造しなくてはならない。伝統芸能の一っ、能楽をみてみよう。能楽では戯曲、演出、舞台、音楽、衣袈など、すべて古式を継承し、保存している、いわば形式的にも、内容的にも、完全な伝統芸術である。このような伝統芸術ですら、それを演じる人と見る人とは、現代の人間であり、この演者と見者とがいなければ、能楽は今日存在しない。能楽では、現代の人間である演者は、ひたすら伝統的な形式と精神の中へ没入してゆく。それは、創造の芸術というよりも、保存の芸術といった方がいいかも知れない。しかし、その没入の中で現代人の心に感動をよびおこすとするならば、そこにはやはり何程かの創造があるわけである。つぎに華道の世界をみよう。今日の華道は、伝統的な形式(たとえば立花)を守つているのは一0。ハーセント程度で、あとの九0。ハーセントは伝統的形式にこだわらず、自由な形式で花を活けているそうである。これは、日本の住宅建築の様式が変わった当然の成行きでもあろうが、ここで注意すべぎは、今日の生花は伝統的な形式を破ったものが多いにもかかわらず、生花の伝統的精神は相変らず守つているということである。生花の伝統的精神とは何か、ぎもらしたが、花を美しく生けるこころといつていいだろうか。ともあれ今日の華道ば、伝統的な形式を破り、伝統的な精神を守つて、今日の芸術として栄えている。短歌の場合は、生花とはまった<逆な現象がみられる。五句三十一音という短歌形式は、代から現代までちつとも変わっていないが、その内容は万葉、古今、新古今から現代短歌にいたるまで、何度か変貌している。短歌という伝統的形式は、その時代時代の精神を盛りこむことのできるまったく調法な形式であるといつていい。このように、短歌では、伝統的形式を守り、その中にいかに新らしい内容(精神)を盛りこめるか、なげかけられた課題のようである。さてここに、伝統的形式も、伝統的精神も、全部否定する現代の芸術がある。新らしい現代の芸術の創造は、伝統を否定し、破壊することから生まれる、と主張する。しかしこの場合、伝統というものが、かくいう現代の芸術家の中にあるからこそ、それを破壊し、否定しようというのであって、伝統が彼の中になければ、何も破壊し、ないわけである。この場合、伝統は否定的な形で彼の中に生彦ている。ひと口に新らしい芸術といつても、筋の通ったものと筋の通つてい「八雲たつ」古それが現代歌人に否定する必要はないものとある。筋の通つているのは、伝統を自分のものにした上で、自由奔放にふるまつている。これに反して、筋の通つていないものは、伝統をまったくご存じないか、あるいは自分のものにしていないで、ただ無茶苦茶にあばれまわる。ひどいのになると、どこかよその国の新らしい芸術(それはそれなりに伝統があるのに)をまねて、それをごつそりもつてきたりする。現代人は、現代の芸術を創造しなければならない。そのためには、伝統をかみくだいて自分のものにしなければならない°伝統を守ること、あながち伝統を自分のものにするとは限らない。反対に、伝統を否定したところに、伝統が生かされている場合もある。伝統を自分のものにした現代の芸術は、筋が通つている。筋を通した現代の芸術の創造、この辺に伝統の問題があるように思った。(39年7月)上掲の写真は、37年5月京都会館会議場において開催のけばな文化講演会」会場に展示された作品の―つである。高さ4メーター、横4メーターほどの大作品で、立花の古典的な形式から離れて、自然写実的な豪壮な大作である。松、檜、つげなどの山木の葉を、枯木の中に配置して、丁度、桃山時代の障壁画に見る様な豪快なもち味を作り出そうと試みた作品である。② 桑原専渓い(京都会館会議場)

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